【左のポケット】その39「ベニス幻想、3」 長島義明

Posted on 2月 19, 2008

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10時の連絡船に乗りベニス、サンマルコの船着き場からホテルに向かい歩いていると一人の男が肩をたたき小声でささやいた、「どうだい、死者の島のパーティは面白かったかい」そう云うと黒いマントをひるがえしサンマルコ寺院の中に消えて行った
ホテルに帰るとフロントの男が「昨夜は帰らなかったが、いい女でも友達になったのか」と云う。とんでもない、ぼくは昨日のサンミケーレ島での出来事を説明した。男は笑いながら聞いていたが、まるきり信用していなかった。だが、島には口のきけない墓守が一人住んでいて無人島ではない事を教えてくれた。死者の島、サンミケーレで見た事はどうしても夢だと思われない、もう一度島に行ってみよう、口がきけないが墓守が住んでいるならなにかわかるはずだ、絵を描き、手まねで少しは聞きたい事を理解してくれるだろう。僕はその翌日、ふたたび連絡船に乗ってサンミケーレ島に出かけた。船には墓参りに行く3人の老婆が乗り合わせた。老婆に墓守のいる部屋を教えてもらい、僕はひとり訪ね、墓守に身振り手振りで昨夜の事を話した、言葉はわからないが耳は聞こえるらしく、なんとなく理解してくれたようである。墓守は僕の話を聞いて何を思ったのか、手を取り墓場の方に案内して行く。海に近い墓場の草をかき分け何かを探している様だ
、30分程探し、やっと目的のものを見つけたらしく、僕を手招きした。そこには今まで見た事もない30センチほどの動物の死骸が横たわっていた。墓守が指で突つくとかすかに動く、まだ死んでない様だ。近づいて見ると美しく虹色に変化する顔の中に目があり、その目から涙が流れている。魚ではない、鳥でもない、犬でも猫でもない、なんだろう。小さい手のようなものと足のようなものがついている、墓守はなにか口をあけて説明しているのだが声はでない。僕は墓参りにきている3人の老婆の事を思い出し、墓守を老婆の所に連れて行った。老婆の説明によると、墓守は草葉の陰に居るのは「死者の亡霊」だと云う。
年に一度、仮面祭りの時にこの島に帰って来る亡霊の中のひとりが飛行物体に乗り遅れ、取り残されたそうだ。老婆もその説明を信用していないらしく笑って、その不思議な生き物を見に行こうともしない。僕は墓守とその生き物がいる草むらにもどり、写真をとった。墓守はその生き物を優しく抱き上げ、海までいって、放した。不思議な生き物は静かに沈んでいく。それが死者の亡霊であるかどうか僕にはどうでも良かった。ただ、涙を流し続ける不思議な生き物のことは生涯忘れられないだろうと思う。
ベニスは不思議な町である。古い時代の面影を残す町は他にもあるが、ベニスの様に海に囲まれ島全体が中世の建物でなりたっている町はない。僕はこの町の持つ雰囲気が好きで度々訪れている。夏のベニスは世界中から来る観光客でいっぱいになり騒々しいが、冬のベニスは仮面祭りの日を除いて本当に静かだ。夜、飲んで細い路地を歩くと自分の足音が石畳に響き、誰か後ろから付いて来るのではないかと振り向く時がある、運河が多いこの町には車は入れない、音といえば時折狭い運河を行くゴンドラの漕ぐ音がギィー、ギィーと聞こえるぐらいである。いつ、どこに死者の亡霊が現れてもおかしくないほどの静寂につつまれている。この町には土がない、すべて石だ。ただ墓場の島、サンミケーレだけは土の地面がある、この島に渡ったときに感じた。土はなんと生臭く、暖かいものか、この物語りはまるきりの創作でもない、僕が経験し、酔って夢に見た事をベースにしている。ベニスにたった一艘しかない黄色のゴンドラ、花嫁が乗るのか、死者が乗るのか。祭りの日を過ぎると消えてしまう仮面の男女は死者の亡霊ではないのか、真夜中のサンマルコ広場の空に浮かぶ仮面はなにを語るのか。ベニスに居ると毎晩ワインを飲み過ぎ、夢か現実かわからなくなる。        終

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Author: 長島義明
Profile:日本及び世界の人々、風景を40年以上撮り続けるフリーの写真家。著書にアメリカで出版された「One World One People」 「One World One Child」、「阪神大震災」、がある。 写真展「平和だった頃のアフガニスタン」は日本各地で30回以上開催。アメリカ美術雑誌協会最優秀賞受賞
Data: 2008 年 2 月 19 日 at 2:37 PM

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