【うつ病とアート】はじめに よいち
Posted on 11月 14, 2008
[1] うつ病になりました。
(1) うつ発症時と、人の感情との再スタート
私はうつ病闘病ちょうど8年すぎです。
今は回復期です。
自分から言わない限り初めて会った人にはわからないようで、「実はうつ病です」と話すとびっくりされることもあります。
営業もできます。笑うのも気分転換も、踏ん張ることもできます。頑張れと言われれば励みになります。
うつ病はただのお荷物ではなく、自分が今までよりもっと『生き方上手』になるためのキーになってきています。
この病気とアートとの関わりを、私の経験に基づいて少しずつお話ししたいと思います。
(2) 罹患したきっかけ
当時の仕事で勢いばかり空回りしていたことや人間関係の裏切りにあったことが主なきっかけだったように思います。
私の場合はただのきっかけであり、「原因」ではなかったので、深く言及する必要はないと考えます。
ただし、人間関係というのが自分のとても大事にしているものである一方、最大の弱点であると気づかされたのは、この病気(と、助言してくれた人達)のゆえでした。
(3) もたらされた影響
弱点を突かれて過剰反応するさまは、花粉症の人がシーズンに「花粉」という言葉を聞いただけでくしゃみをしたり「飛ぶ」と天気予報が言っただけで背筋に悪寒がするようなのにかなり似ています。
事実うつ病は、アレルギー症状に喩えるとよく似ているのです。
そしてアレルゲンと言いますか、『何に反応するか』も個人差でさまざまです。
私は『人間』であり『人との関わり』でした。もう少し掘り下げると『性差』や『人の生き様』がどうも問題のようでした。
人に裏切られるという大量の花粉を吸い込んだ私の身体では、他人への抗体が過剰に作られたのです。
私が最初に経験した症状は、(自分を除く)ありとあらゆる他人への恐怖でした。
目に見えない『知人』『どこかでつながってるかもしれない知らない誰か(といったら殆ど世界中のすべて)』への恐怖が恐ろしいほど肥大しました。
ですからスクランブル交差点で立ちすくみ、電車に乗れなくなり、夜の歩道ですれ違う人にぶるぶると震えました。
不思議と、医者や同僚のようにお金を介して何かをやりとりする、利害関係が目に見えている相手だけが全く大丈夫でした。
しかし、『社会』という膨大な人間の集合体を想像すると目が眩みました。
また性差とそのあらわれが目につくと同時に吐き気を催しました。
たとえば女性のおしゃれであるピンヒールやスカート、うなじ。
隣のテーブルのカップルの他愛ないお喋り。…
そういったものは大人が経験するものでもあったので、テレビはニュースもドラマもとても受け付けない代わりにもっぱら子供向けの教育放送、一日の放送終了後のどこだかわからない風景の映像を見ていました。
人間への拒否反応ということは次に、感情への拒否、他人の存在感を感じたくないということに直結してゆきます。
これはもうおわかりのように人間そのものであり人間がいてこそ存在するアートに対して、真逆の状態。
うつ病初期の私は、言ってみればアートどころではなかった。
もし強制的にアートの場に連れて行かれたなら、花粉症の人が杉林に連れて行かれたのと同じ悲惨なことになってしまったでしょう。
私の中のアート氷河期の始まりです。
(4) うつ病とはどういうものか
始まりにあたり、ここでひとつまとめておきます。
よく
「うつ病は心の風邪」
と言いますが、それは『誰でもなる可能性がある』というだけであまりイメージとしては的確ではありません。実際は脳神経伝達物質のトラブルです。もっと的確に表現するなら
「ストレスとの交通事故で脳内を骨折」
ということになります。またしばしば書物などに
「治療開始から半年ほどで回復に向かう」
とありますが、その表記に私は疑問を抱いています。初めて読む人をびっくりさせてはいけない等とそのことがタブー視されているのかもしれませんが、現実には長期化している患者や長くかかって回復した人、治療を諦めてしまった人がたくさん存在します。ですから半年を過ぎても変化がない患者はひどく焦り始めるのです。
どのくらい回復に時間を要するかは著しい個人差となります。
・花粉症にたとえるなら何がアレルギー源か
・ストレス耐性→事故の損害度合いとまた事故に遭う可能性の有無
といったものがまったく一人一人異なるからです。
誰にでも性格の良いところと悪いところがあり表裏一体です。
そして身体が弱った時は誰でもそうであるように、悪いところや弱点が表に出るのがうつ病の特徴でもあります。
その人のうつ病に性格が深く関与している場合は、治療の上で今後の生き方を工夫することになります。自分の弱点を認めて、自分をうまくフォローしながら性格の良い面へとひっくり返す気の長い作業が、闘病と深く直結しているのです。
私の経験ですので、人の生きる世界やアート・表現活動からまず最初に逃げ出したところから、それらに再び関心を持ち深く歩み寄ってゆくまでを、説明を加えながらお話ししたいと思います。
つづく。
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ラブレター専門宅配業者 くわじまゆきお
Posted on 11月 12, 2008
今、あなたの目の前にラブレター専門の宅配便が来ています。
あなたにはいくつか、出し忘れたラブレターがあるはずです。
あなたには書いた記憶がなくとも、
必ず手にはラブレターが何通かはあるはずです。
ここでのルールはありません。
あなたの手にした、たくさんのラブレターを宅配業者に頼むのも良し、
あなたの心にしまってしまうのも良しなのです。
あなたの出し忘れたラブレターを渡すと、
その青年は大急ぎでラブレターを渡しにいきます。
そして、何日かするといくつかの返事を持ってきます。
あなたはそのとき、奇妙な感覚にとらわれます。
さっき出したばかりのような?
ずいぶん月日がたったような?
もちろん、返事が返ってこないものもあります。
それは、相手次第です。
結果を読んであなたは笑います。
もう、すんでしまったことです。
もちろん、見なくても分かっていた結果です。
あれから、何年経っていることでしょう。
当たり前の結果に、あなたは笑います。
そして あなたはしんでいきます。
ラブレター専門宅配業者の若くて素敵な青年を
たまに、しにがみ などと言う人がいます。
De thuisbezorgingsdienst gespecialiseerd in liefdesbrieven.De thuisbezorgingsdienst gespecialiseerd in liefdes brieven komt bij u langs.
U moet heeft paar liefdesbrieven dat u vergeten bent te posten.
Misschien herinnert u zich het niet, maar u heeft nog paar liefdesbrieven.
Er zijn geen regels hier.
U kunt kiezen om uw liefdebrieven aan de thuisbezorgingsdienst te geven,
of houd ze in uw hart.
Wanneer u de liefdesbrief aan de jonge man overhandigt, hij zal zich haasten om de brief te bezorgen.
En enkele dagen daarna, bezorgt hij sommige antwoorden.
Wanneer dat moment aanbreekt, wordt u met een vreemd gevoel gegrepen.
Misschien hebt u het net verzonden.
Misschien duurde het een lange tijd.
Natuurlijk er is soms ook geen antwoord.
Het hangt af van een ontvanger.
U lacht wanneer u het resultaat leest.
Reeds, was het gebeurd.
Natuurlijk, kende u reeds het resultaat.
Sinds hoeveel jaren toen.
U lacht over te gebruikelijk resultaat.
En dan gaat u naar sterven.
De jonge knappe man van de thuisbezorgingsdienst gespecialiseerd in liefdesbrieven
De mensen noemen hem soms de god van de dood.
秋の夜長、 たまには、こんなの、どうでしょうか。
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