ヴィルヘルム・ハンマースホイとイーダをめぐる夢想 村松恒平
Posted on 10月 30, 2008
『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』展に行ってきた。
彼の故国、デンマークには20数年前に訪れたことがある。
その国の印象は、平坦、単調。
デンマークには山がないのだという。
全部がほとんど平地。
空港を降り立つとレゴカラーにも通じる色彩。
なんて洒落ているのか、と思ったが、バスで移動中の外の景色もずっと同じ色彩感覚。これはデンマークでは当たり前の色で、日本のようにさまざまな色が混淆してはいない。
家々もまたレゴのようで、大きな窓にはレースのカーテンが左右に分かれていて、きれいに花などが飾ってある。
これも、最初こぢんまりとかわいいと思ったけれども、行けども行けども同じタイプ、同じサイズの家が出て来て、何の新鮮味もなくなり単調な景色になった。
観光客の僕ですらそうなのだから、この国の人々の生活感情というのはどうなっているのだろう?
舞台装置が単調な分、心理的なやりとりは濃密なのであろうか?
デンマークには失礼な印象かもしれないが、ハンマースホイの広告で、彼の画調を見て思い出したのは、そんなことであった。
実際に展示を見ても、ハンマースホイは単調である。じつにねちっこい。
同じような曇ったような色調の絵を執拗かつ丁寧に描いている。
とくに空や、壁面の一面の塗りが独特の質感とリアリティを持っている。
形の捉え方もすっきりして美しいけれども、どの絵もざっくりとした構図で思いっきり塗りたいがためにこの構図を選んだのではないかと思わせる。
塗り塗り塗り塗り…。
見事な塗りだが、しかし、これだけの塗りを続けるモチベーションがわからない。
ハンマースホイは絵を描いていて楽しかったのだろうか?
仕事ではあったのだろうが、それだけでこれだけの集中力は続かない。
この謎がハンマースホイの塗り壁のように絵を見る僕の前にずっと立ち塞がっていた。
この執拗さはデンマークの国民性であるのか。ハンマースホイ独自のものであるのか。他国人である僕には測りようがないと思っていた。
……ところが、別コーナーで彼の同時代の友人と義兄の絵を見たときに、この謎は解けたのである。室内や人物など同じようなモチーフを扱いながら、ハンマースホイが決定的に違う点がある。
それは、他の画家が光をなんとかして捉えよう、描写しようとしていることである。たとえば、室内に差し込む光は、跳ねたり流れたりして、画家はそのありさまを観察、追跡してなんとか画布の上に再現しようとする。
ところが、ハンマースホイは、光を殺すことを考えている。光を圧迫し、制御し、なんとか画家の支配下に置こうとしている。
圧迫された光が独特の曇ったような色彩の内側でエネルギーとなっているようだ。
(1906年 コペンハーゲン、デーヴィズ・コレクション B312
Photo © Pernille Klemp )
ハンマースホイのモチベーションは光を画家の力量のもとに屈服させることにあった。光と戦い続けたのだと思うと、僕にとっては謎が解ける。
しかし、ハンマースホイの家には、もう一つの光源があった。
妻のイーダである。
ハンマースホイは、妻をモデルに室内の絵をたくさん描いているが、多くは後ろ姿である。
そして、ほとんどが黒ないしは、無彩色の服を着ている。
『イーダ・ハンマースホイの肖像』では、イーダは正面から肖像を描かれているが、その肌は緑色に塗られている。現物はこの写真よりずっと緑。
この画家はイーダから何かが輝き出るのを恐れて必然性のない緑で封じ込めたのはないか。
「イーダ・ハンマースホイの肖像」
(1907年 アロス・オーフース美術館
Photo © Ole Hein Pedersen )
ハンマースホイの画は、基本的にリアリズムのベースがある。
しかし、ドアを描いてドアノブを描かなかったり、ピアノの脚などあるものを省略したり、何か唐突に何の説明も寓意もなく、画家が現実の景色をねじ曲げて見せる。
これは一つの静かな示威行為ではないだろうか?
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そんなことを考えているうちに、絵の中のイーダという人が僕の中で一つの像を結んできた。あまりにも明確な像なので、そのことを書き留めておく。
イーダは若いときは、1、2枚は明るい色彩の服を持っていたが、それは箪笥の奥にしまわれて、今は地味な色の服しか着ない。
夫との性交渉は、新婚時代に数度あっただけである。それも夫が一方的に満足するだけのものであった。
新婚時代、夫に一度作品の感想を聞かれた。彼女は夫の作品がたいへん好きだが、うまく言葉にできなかった。
それ以来、夫はもう二度と感想を聞くことはない。
ときどき夫からモデルを頼まれるが、「そこに立って」とあれこれの指示の中で必ず後ろを向かされる。イーダは家具やモノのように夫が自分を見ていると思うときがあるが、とりわけそのことを悲しいとも思わなくなった。
イーダはときどき微笑みそうになるが、すぐに潮が引くように元の顔に戻る。夫との生活にはあまりそぐわないように感じるからだ。
広い家を毎日丹念に掃除すると、けっこうな時間がかかる。
イーダはときどきピアノに向かう。
三曲ほど難しくもやさしくもない、お得意の曲がある。
新しい曲を覚えようとするとつっかえてしまうので、イーダは三曲で満足である。聴く人はいない。
ただ、ビアノの音色はきれいな色彩を思い出させる。
夫の死後、堅実にその葬儀を済ませると、イーダは一人暮らしには広すぎる家にそのまま生涯住み続けた。
同じ生活。しかし、毎日静かに絵を描き続けた夫がいない。
ときどき画商が尋ねてきて、夫の絵の売却の相談をする。しかし、とりわけ生活に困ってはいないので、ポツリポツリとときどき画商の求めに応じる。
ときには、少数の友人が尋ねてきて、お茶をしていく。その頻度は夫の生前より確実に増えた。
……というような人物像である。
上記のイーダ像は、全くの夢想であって、何の史実・情報・文献にも基づいていない。ただ浮かんできたものを書いてみた。だから、信用してはいけない。
ハンマースホイの物静かな作品群には、なにかそういう物語を喚起するような濃密なエネルギーが流れている。
もし、あなたがハンマースホイ展を見に行ったら、どんなイーダに出会ったかを教えてください。
「室内、ストランゲーゼ30番地」
(1901年 ハノーファー、ニーダーザクセン州博物館
Photo © Ursula Bohnhorst )
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『ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情』
http://www.shizukanaheya.com/
12月7日まで 混んでいないのでゆっくり鑑賞できます。
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Chim↑Pom事件寸感 村松恒平
Posted on 10月 27, 2008
広島市の上空で芸術家集団が飛行機の煙を使って「ピカッ」という文字を描いたことが分かり、被爆者から原爆の閃光(せんこう)を連想させるとの批判を受け、芸術家集団のメンバーが24日、広島県原爆被害者団体協議会ら5団体に謝罪した。
(時事通信社 – 10月24日)
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Chim↑Pomという集団によるこの顛末について、詳細は知るところではないが、いちばん単純な見方を提示しておきたい。
それは、このアートはピンぼけだ、ということだ。
なぜピンぼけかといえば、「ピントを合わせなければいけない」という認識がないからだ。
それは方法論としてピントを合わせないということではなく、ただ自分たちが何をやりたいのか、やっているのかわかっていないで、「芸術ってこういう感じだよねー」となんとなくそれっぽいモノをコピーして、それっぽいモノを作っているからだ。
表現とは眼に見えない焦点を作り出す作業なのである。
「私」がいて、「あなた」がいる。「私」が今書いていることが、一つのきれいな焦点に収束すれば、それは再び拡散して「あなた」の心というスクリーンに像を結ぶだろう。
もし、焦点がぼやけていたり、方向がズレていれば、それはぼやけた、あるいは歪んだ像を結ぶだろう。
つまり、焦点が純粋な点になったときに、最も精度の高い像が相手に手渡せる。
作品の切実さ、リアリティは、「なぜ私はそれをするのか」「誰にそれを手渡したいのか」という点にある。
さらに、「なぜ今それをするのか」「なぜここでそれをするのか」というような点もきれいな焦点を結んだときにクリアな表現が生まれる。
今回のChim↑Pomという集団が「なぜそれをしたか?」 と問えば、「お騒がせをしたかった」という答以上のものは心に響いて来ないのである。
人の心を何か波立たせる石を投げ込めばアートなら、隣の家に石を投げ込んでガラス窓を割ってもアートである。
犬を餓死させるアートとかあったようではありませんか?
「そういう残酷なことができるあんたは何様?」とか、「それで結局何が言いたいわけ?」とか、単純な嫌悪感とか、いろいろ受け取る人の心にインパクトや波紋は広がる。
でも、それは乱反射しているだけで、不快で、作家によって完全にコントロールされていない。だったら、人がたくさんいるところに汚物を投げ込んだって、たくさんの心理的な波紋を得ることができる。
それをアートと呼ぶかどうかは、まず単なる定義の仕方である。
アートの定義を提示しないで、アートであるかないかを言っても仕方ない。
こういう人の神経を逆撫でする行為は、一般的な神経を持った人はしない。そして、アーティストは一般的な神経から逸脱していてもかまわないし、むしろ、そのほうがいい場合がある。
しかし、一般的な神経を逸脱することを仮にアートの必要条件としても(これも議論がありそうだが)、十分条件ではないと僕は考える。
では、十分条件とは何か。それを今、焦点を結ぶ、という言い方で述べている。焦点の話を続けよう。
「なぜ今か」
展示のスケジュールに絡んだものであっただろう
本来、広島に原爆が投下された8月6日に行われるのがベストだろう。
そうすれば、よりテーマとのタイトな関係を作り出しただろう。
したがって、これも焦点を結んでいない。
「なぜここで」。
これは広島で行う理由はあったと言える。しかし、ここだけリンクしていることはかえって事態を悪くした。
たとえば、これが東京やニューヨークの上空で行われれば、まったく別の効果と意味を持っただろう。それなりの下ごしらえがなければ、完全にスカだったかもしれないし、もっと大変な社会問題になったかもしれない。
つまり、場所も重要な焦点なのである。
「誰に手渡そうとしたのか?」
平和的な意図を述べながら、結果的に市民や被爆者たちの感情を逆撫でし、さまざまな反感を喚起した。
もし、平和を訴える意図なら、むしろ世界に向けて発信すべきだろうと思う。
それは被爆国として、すっきりとしたベクトルである。
「ピカッ」という日本語ではなく、英文字であるとか、絵文字であるとか、このような直接的なメッセージではなく、シンボルでもよかっただろう。
つまり、このようなコンセプチュアルなアートは、コンセプトの段階でいろいろな可能性があって、どこで成立するか、という微妙な焦点を探すところに作家の仕事がある。別に自分で飛行機を操縦したわけでもないだろうし、他に何の芸もないのである。焦点を探すことくらい最後まで詰めろよ。
世間でこのことを論ずる人は、すぐアートと社会規範の関係の話をするが、まずはっきり言わなければいけないことは、この人たちのやっていることはアートとしてダメ、ということだ。
そのことをさえはっきりさせれば、後は当事者たちがどういう成り行きになろうが、大したことではない。
この事件の副産物は、現代アートは、ピント外れのモヤモヤのまま、なんとなくなあなあで流通しているという事態を暴露してしまったということである。
切実な「私」も「あなた」もいない。「今」でも「ここ」でもない。裸の王様のような現代アートをわかったふりしてモヤモヤと受け渡しするのはいい加減でやめたほうがいいと思うのだ。
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浮世絵タイマンレビュー対決
Posted on 10月 23, 2008
タイマンレビュー参上。
第二回【ボストン美術館浮世絵名品展】対決!
http://taiman.ryukoart.com/
日本初のアートテラーとして絶好調のとに~さんと、ドラゴンアートの主宰者、村松恒平の世にも珍しい美術レビュー・バトル始まりました。
今度の戦場は浮世絵。
今すぐ読んで、ご注目、ご投票ください。
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「巨匠ピカソ」展レポート 村松恒平
Posted on 10月 11, 2008
六本木の国立新美術館、サントリー美術館で行われている「巨匠ピカソ」展。
行ってきたので、簡単にレポートします。
いちばん大切な情報は、今なら平日はまださほど混んでいない、早く行ったほうがいい! ということです。
混んでないといっても、ピカソ展としては、ということで、それなりの人。後半は大変な混雑になりそうな熱気を感じます。見る予定の人は、お早めに。
二番目の情報。
メインディッシュは、国立新美術館です。サントリー美術館は質量ともにデザートくらい。二館回るのはしんどいという人は国立だけでもいいでしょう。
といっても、たいていの人は両方見たいですよね…。
さて、感想は。
「ピカソはピカソ」だなあ、という感じ。今回、あまり理屈をこねたいことはなくて、国立新美術館の「愛と創造の軌跡」から、いくつか「素朴な感想」というものを書かせていただきます。
*
初期の実験的な作品を見ると、「ああ、こういうことをやりたくて失敗した人を知っているぞ」、という気分になります。ピカソはやりたい放題をやっています。しかし、ピカソの模倣者は、そのやりたい放題の「精神」を真似るのではなくて、その「結果」を真似している。だから、座礁する。
そういう死屍累々たる様が、頭に浮かびます。
*
ピカソは、若いときから、画家としてのたいへんな意志力と太い芯を持っていたようです。しかし、実はたいへん器用な画家とも言えそうです。今回は生涯を通じての、じつに多様なスタイルの作品が展示されています。彫刻などにもとても面白いものがあります。
日本には、器用貧乏という言葉がありますが、ピカソは、その器用さを一度に出さずに、一つの時期には、一つの可能性を丸坊主にするくらいに試してから、次の段階に進んだ印象です。
そして、そのときどきにブラックやら、レジェやら、コクトーやらの画風に接近しています。そのとき、美術運動や交友関係などの磁場から強い干渉を受けて、自分の画風を形成していきます。
どちらがどちらから盗んだか、どちらが先か、というようなことは、僕は知りません。おそらく相互干渉的に刺激しあったのでしょうか。
そうして、いろいろなことを吸い取り、学び取って、最大最強の存在になったのが、ピカソです。
とにかく手数多い、早い、強い、うまい、たくましい。そういうピカソが、自分自身の画風を求めて格闘している様子がうかがえました。
この展覧会を見るまで、ピカソは、もっと自分の直観がオリジナリティとしてほとばしり出ている人かと思っていましたが、じつはたいへんな模索をしていました。
しかし、その模索はウジウジとしたものではなく、多作のバイタリティの中でブルドーザーのように次のレベルまで自分を押し上げてしまう。
それを一生やり続けた人であったようです。
(ピカソ関係の書物は読んでいないので、この展覧会での印象です)
*
「愛と創造の軌跡」は、タイトル通り、ピカソの恋愛・結婚にも焦点を当てています。2人の妻と7人の恋人がいたらしいです。いや、この件でもたくましい。そして、女性からインスピレーションを受けたり、苦悩したりしています。
女性たちの左右に目の離れた肖像画や、自分自身の獣性をミノタウロスに託して、女性を蹂躙している絵など、女性との関係をテーマにしたさまざまな作品があります。
というわけで、ピカソの女性関係をあれこれ予習していくとより楽しめるかもしれません(邪道か?)。
*
最後の感想。
僕は数ある作品の中でも、力の抜けた簡単な線画のいくつかがいちばん好きかも。
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休憩の椅子には、ピカソのエネルギーにあてられたのか、やや呆けたように座っている方たちが見受けられました。
とにかくエネルギーに満ちた展覧会です。
(絵柄は本文とは関係ありません。ピカソの絵が使えないので、いたずら書きです)
「巨匠ピカソ」展
http://www.asahi.com/picasso/
12月14日まで。
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