【思考する目】35「寒い朝」 長島義明

Posted on 12月 31, 2007

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今日の大阪は一段と冷え込む。
師走。
寒い朝。
正月を迎えても家族に会えない多くの人がいる。

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ムンク展雑感 村松恒平

Posted on 12月 29, 2007

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ムンク見てきました。

ムンクは<フリーズ>という形式で、自室で自作を並べ替えて展示しては、違う印象の「場」を作り出す、という実験というか、楽しみというかを重ねていたようです。今回は、その「装飾性」ということに焦点を合わせた展示。

しかし、フリーズなんて言わずに、「曼荼羅」まで進んでほしい、というのが僕の感想。作品と作品の間に生まれる磁場を楽しむわけですから、磁場が生まれた以上、次には宇宙に進むはずなんだけどなあ。
縄と石を使う僕のアートゲーム「曼荼羅」は、そういうプロセスのゲームなのです。……というのは、手前味噌。

ムンクの『叫び』、『不安』、『絶望』の三部作は(今回、『叫び』は不在)、たしかに不穏な気分をむくむくと涌かせ、若いときに写真で見ても印象に残ったものです。
でも、精神分析学のシンボルから逆算したような構図は今の僕にはあまりピンと来ない。
形のとらえ方もあまり好きではありません。
ムンクって、けっこうねちっこい性格だと想う。

むしろ、背景などを乱暴そうに塗って、ラフな筆のタッチが露出している部分に画家の魂や息遣いを感じるのは、僕の指向性です。

以上、あまり、いいことを書いていませんが、それでも、後味は悪くない展示でした。むしろ、満足して後から心が温まってくるように感じるのは、やはり世界的な画家の底力でしょう。

国立西洋美術館1月6日まで
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibition/index.html#mainClm

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【思考する目】34「暗殺」 長島義明

Posted on 12月 29, 2007

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昨日、パキスタンで元首相のプットさんが暗殺されました。
その報道で思い出した事があります。それは1984年、インドで暗殺された
インディラガンジー首相の事です。共に父親が首相であったこと。ブットさんのお父さんは1975年、軍事政権に処刑され、インディラガンジーの息子のラジーブ元首相も1991年暗殺されています。
 2人とも親子二代にわたり殺害されたのです。
インドとパキスタンは元々一つの国でした。イギリスの植民地から独立後、宗教上の理由から、国を3つに分割したのです。もう一つの国は東パキスタン、今のバングラディッシュです。
インドにしろ、パキスタンにしろ、どうして国のトップが次々と暗殺されるのでしょうか。不幸な事です。
 実は日本にとって、次世代でもっとも重要な国がインドとパキスタンである事はあまり知られていません。近い将来、中国の人口を抜いて世界一人口の多い国になります。そして急激に経済成長を遂げるでしょう。
また、アフリカにもっとも浸透している国もインド、パキスタンです。
暗殺と云う行為は単純に過激派が起こした事件とするには単純過ぎます。
常に大国の思惑がその裏に潜んでいる事を知る事が重要です。
その事はいずれわかるでしょう。
写真は「インディラガンジーの火葬」です。
左端に後に首相になり暗殺された息子のラジーブ、その奥さんで今のインド国民党党首ソニヤさんもインディラガンジーの火葬を見守っていました。

写真、文ー長島義明
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『ギュウとチュウ』で豊田に行って来た 村松恒平

Posted on 12月 23, 2007

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はるばる東京から豊田市美術館まで『ギュウとチュウ 篠原有司男と榎忠展』を見に行った。
名古屋から地下鉄乗り継ぎ小一時間、そこからタクシーでワンメーター。トヨタは自家用車シティなのか、たまたまなのかタクシーの影が薄く拾うのに苦労する。

しかし、現地に降り立つと別世界。美術館の建物からして気に入ってしまった。MOMAの新館もデザインしたという谷口吉生氏の設計。今まで見た現代建築の中でいちばん好きかもしれない。

立派な建物だが、威圧感がない。むしろ、軽く明るく、中庭に建てられたミラーやカラーのボードの陰に隠れて子どもたちが笑いながら遊んでいた。
この軽さは、たぶん設計したときの絵柄にそこを訪れる人体の大きさまで含めて考えているのではなかろうか。
なにかSF的な世界の主人公になったような気がする。というより、かつての手書きのしゃれた建築パースに書き込まれた人物のような気がするのである。

そのような非日常的な身体感覚は、アートの世界に入っていくのにふさわしい。
そして、どかーん。最初の展示室にタイヤが身長よりデカい巨大オートバイと、縦9メートル横15メートルのドデカ絵画の3連作に囲まれる。ギュウさん(篠原有司男氏。にわかファンで恐縮だが展示を見てこう呼びたくなった)の激しい色と形の奔流。
でも、どこか軽みがあって圧迫感がない。
「早く、美しく、リズミカルであれ」がモットーだというのが納得。

作品展のイベントして行われたボクシング・ペインティングの様子がビデオ映像で公開されている。これは、ボクシンググローブを墨に浸して白い壁を殴りつけていくもの。途中で酸素吸入などもしながらも、横18,5メートルの壁にひたすらパンチを喰らわせていく。
「早く、美しく、リズミカルであれ」
何の衒いも淀みもない。
何か古典芸能か宗教の行を見ているような儀式性すら感じるのである。
75歳でありながら、肉体的には僕よりスタミナがあるかもしれない。芸術家の魂はギラギラと燃えている。でもどこかが枯れている。邪念のようなものが枯れているのだ。
いつまでもステージ狭しと走り回るミック・ジャガーと等質なものがあるだろう。

僕はギュウさんを40年くらい前に初めて見ているのではないかと思う。「ハプニング」ということがもて囃された時代の前後だと思う。モヒカンの青年が自らの髪の毛を絵の具に浸して刷毛にしたり、生卵かその殻にペンキを入れたものを白い床や壁にぶつけて、「絵」を描いていた。
いや、それは絵には見えなかった。

スクエアなボーイであった僕は、「こんなめちゃくちゃでいいなら誰でもできるよ」と思ったのだった。僕だけが幼くてスクエアであったのではない。時代がそうだった。それでも、テレビでそういうパフォーマンスを(当時はその周辺の事柄をハプニングと言ったりした)放映するような妙な隙間が空いていた時代だったのである。

そういう時代にあって、そのパフォーマンスは目立ちたがりの若い芸術家の姿としてかなり浮いていた。今の言葉でいうと、少し「痛い」人であった。

当時別のモヒカンのアーティストがいても不思議ではないが、たぶんあれがギュウさんだったろう。
ビデオの中でギュウさんは、「僕はイエスマンだ」と言っている。
制作やパフォーマンスを頼まれたらどんな悪条件の中でも引き受けて自分のチャンスに変えてきた、と。
テレビの要請にも過剰に応えたのかもしれない。

また「芸術は目立たないとすぐにしぼんでしまう」ということも言っている。花魁アートはニューヨークに殴り込むための手段だったろうし、オートバイの作品のシリーズもイージーライダーのヒットという時流に乗った部分があるだろう。
それが数十年という歳月を軽いフットワークで生きてきた芸術ボクサーギュウさんのファイティングポーズだと思う。しかし、イージーライダーはほぼ忘れられた古典となったが、ギュウさんのオートバイは独自の生命を持って生きている。

対するチュウさんは、この展示では「逆モヒカン」。髪の毛の中央部だけを剃る、という荒技に出ている。かつては、「半刈りでハンガリーに行く」というパフォーマンスを行っているくらいだから、荒技と言っても淡々と行っている感じがする。
半刈りというのは、頭の左右の半分を剃る、という髪型である。「半刈りでハンガリー」といってもこの洒落は日本語でしか通用しないが、実際にハンガリーに行ってそれで歩き回っている。
異様な風体なので、警戒されたのではないかと思うが、意外にハンガリー人に話しかけられたらしい。二人ともなんとも言えない愛嬌というか、親近感がある。だから、長いビデオ映像も、アートだからと畏まって見るのではなく、見ていて全然飽きないのだ。

チュウさんの作品も見飽きない。
鉄の廃材を磨き上げて作った幻想の都市。
他のどこにもない美しさ。
時間があればいつまでも見ていたい。
そして、鳥のデザインを模したというかっこいい鋼鉄の大砲。これは、実際の発射パフォーマンスも行われたのだ。
このようなヘビーな作品作り(文字通りヘビーで10トン以上の作品がある)を40年間別の仕事をしながら続けてきたという。

この二人の生き方を見て思ったことは、芸術家は職業ではなく、芸術家という生き物であるということだ。そのようにしか生きられない生き物であって、ようやく一筋の生きる道を見出すことができる。

二人の生き方は芸術というわけのわからない荒野の彼方に深く打ち込まれた太い杭のようだ。僕らはあんなに遠くまで行った人がいるとそれを見て安心することができる。

いや、安心している場合なのかどうかはよくわからない。
しかし、勇気づけられると同時に深く安堵させてくれる何かを二人が持っていることは事実なのだ。

豊田市美術館 12/24日まで!
http://www.museum.toyota.aichi.jp/japanese/index.html

篠原 有司男公式サイト
http://www.new-york-art.com/shinohara/

榎忠公式サイト
http://chuenoki.com/news.html

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【左のポケット】その27「井戸の水」 長島義明

Posted on 12月 23, 2007

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乾いた喉に冷えた水はありがたい。井戸から汲み取られる水。
その水ほどに僕の写真は人の乾きを潤すとは思わないが、湿りを感じていただけるようには頑張りたいと思う。
写真が第三の言葉と思うなら通じるだろう。僕は長い時間をかけて写真を撮って来た。それを伝えるのが僕の仕事。
 
受け取る人の事まで考える余裕はない。
続ける事が重要、後の事は皆さんの判断にゆだねるしかない。

ぼくの汲み取った水、おいしく飲んでいただいているでしょうか。

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【左のポケット】その26「ネパール寺院には顔がある」 長島義明

Posted on 12月 23, 2007

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ネパールのお寺には顔があります。
それもとてもユニークです。
ユーモラスにさえ見えます。

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僕は26才の時イランのテヘランで車にはねられ入院して、そのショックを癒す為ネパールのお寺にしばらく滞在した事があります。ネパールのお寺にはお世話になりました。食事をいただき、草をタバコのようにして喫煙していました。
少し幻想的な気分になり、ふわふわ浮かぶように散歩して過ごしたのです。
僧の吸う煙草のような草はなんだったのでしょう。仏像の顔がいつも笑っていました。曼陀羅絵に興味を持ったのもその時でした。包帯を巻いた頭で僕は人が生まれて死ぬと云う事をぼんやり考えていたのです。

写真、文ー長島義明
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【左のポケット】その25「サンジェゴ市条例」 長島義明

Posted on 12月 21, 2007

カリフォルニア州、サンディエゴ市サマー特別条例、23条

6月から8月にかけて気温が30度を越えた日は全ての市民は上着、長ズボン、スカートの着用を禁止します。条例に違反した者は罰金として100$の支払いを命じます。
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【思考する目】33「生命の神秘」 長島義明

Posted on 12月 20, 2007

漆黒の闇の中

創造の神は突然光りを放ち、虹色の帯を広げる

ドクドクと流す涙は生命の素

誰知ろう宇宙創造の姿を

僕は一枚の貝の中にそれを見たんだよ

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【左のポケット】その24「ネズミ、ネズミ輪になって回ろ」 長島義明

Posted on 12月 20, 2007

ネズミ、ネズミ 輪になって回ろ。

回ろ、回ろ---、輪になって回ろ。

チュー、チュー、チュー。

ネズミのシッポをふんじゃった。

チュー、チュー、チュー。

シッポをふんだの誰だ。

フランス子供の遊びです。言葉は僕が創作して子供達に教えました。ioeeaaeoibw.jpg

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【左のポケット】その23「チャーチル」 長島義明

Posted on 12月 17, 2007

僕「チャーチル、って知ってる?」

大阪の女子大生

「チャーチル、って誰やのん」
「イギリス人、ちゃう」
「ビートルズの仲間?」
「ローリングストーンの仲間やろ」
「そんなん、おれへんで」
 「きっと新人アーチストやわ」
 「そうなん,あまり名前聞けへんけど」

僕「ーーーーーーーーー。」
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