裸眼で見ること ■「青山二郎の眼」展
Posted on 7月 26, 2007
青山二郎の展覧会、これはもう「わくわく」ものである。聞きたくもない告白をすれば、たいていの展覧会は、僕にとっては、せいぜい「わくわ」である。「わく」くらいのときもあるし、「わ」だけのときもある。
それでも、よい展覧会に行けば、いろいろなことを感じたり、考えたりして楽しめる。
しかし、青山二郎は「わくわく」である。格別である。
小林秀雄が好きだからね。その友人とも師とも呼ばれる人が面白くないわけがないのである。
世間の人は、青山二郎の周辺に、小林秀雄だ、白洲正子だ、大岡昇平だ、柳宗悦だ、中原中也だ、河上徹太郎だ、宇野千代だ、梅原龍三郎だ、浜田庄司だ、北大路魯山人だ、加藤唐九郎だ、中川一政だ、と綺羅星のように名前を並べられると、それだけで恐れ入るのである。
しかし、そういうことで恐れ入るのはつまらないことだ。
恐れ入れば、知識の文脈の色眼鏡でものを見るようになる。そして、その色眼鏡が正しいかどうか、ときどき文献で確かめては、胸を撫で下ろすようになる。
小林秀雄も青山二郎も、煎じ詰めれば、ただ目の前にあるものをあるように見ろ、ということを言っている。
しかし、人々はそういうシンプルなことを言われて、またむつかしい奥行きがあることを言われたように恐れ入るのである。
青山二郎の「眼」という展覧会である。
青山二郎は、目利きである。
しかし、それはよい「裸眼」を磨いてもっていたということであって、高級で高性能の色眼鏡を持っていたということではないのだ。
しかし、そういうことを人は本当はわかりたくない。
裸眼で見るということは、既存の価値観で自分を支えられなくなる、ということで、ある人々にとっては恐ろしいことなのである。
だから祭り上げるのである。
「青山二郎の眼」展の本当の楽しみ方をお勧めしよう。
このリンクの写真の中に入ることだ。
ここでの写真は、とても小さいけれども、会場の中盤に等身大に近く引き伸ばしてある。すごくいい写真で、とくに小林秀雄の表情がたまんねえ。心中の舌で焼きものを舐め回しているようなところと、言葉の人としての対象との距離感が絶妙にミックスされている。青山はもっとぼやっとした大人の風があるが、その場に酔っているようで、これも楽しそうだ。
誰でも「ああこの場に居合わせていっしょに遊びたかったなあ」と思うはずである。そこでびびってはいけない。
それは仙境の絵を見て、天女と遊ぶことを夢見るようなものだ。
心の中の夢であって、恐れ入るようなことではない。
あんまりケチくさいテリトリー意識はやめたらいいと思うのだ。青山二郎も、生け花について発言して、勅使河原蒼風に「あなたは語る資格なしだ」と言われている。能についても一言言って、梅若実というのを怒らしたと自分で書いている。
見た通りのものを語って、「その通りに見えた」ということは他人に否定できることではない。ただ人は、知識と蓄積という色眼鏡に自信を持たないとき、ときどき「その通りに見えた」、ということにすら自信を失ってしまうのだ。
「王様は裸だ」とはっきり言えたのは無垢な少年一人きりであった。
美しさを感受することは独特の感覚のものであるのに、そこにブランドの裏打ちを求めるという傾向はいまに始まったことではないだろう。しかし、青山二郎を同じ方法論で消費することは、他の人物以上に、ことさらつまらないことのように思われる。
美や芸術は多義的なものである。
美術家は、作品を通じて自分が美を創造している、と思っている。
しかし、青山二郎の世界では、美は「見出されるもの」、として語られている。作品を作るものが美を作り出すのか、見るものが見出すのか。
両者の共同作業だ、などとすぐに穏健めいた結論に落ち着かせることは罠に落ちることだ。美をそのような共通の了解事項に普遍化することはできない。
なかなか一筋縄に行かないのが、審美「眼」というものだ。
審美眼のことを考えていくと、たしかにそれは良いモノをたくさん見ることによって磨かれていくはずだ。しかし、磨かれた結果がすぐに普遍的な共通性を持つわけではない。
青山二郎は、ピカソにもゴッホにも自分は「おんち」である、つまり、好きではない、あるいはよさがわからない、ということを言っている。
美を見る眼が高ければ、誰でも同じ方向性とヒエラルキーで世界を見るわけではないのだ。
つまり、美というのは、客観性として語ろうとすれば、かなりわけのわからないものである。だからといって、主観性しかない、と考えればあきらかに道を誤る。
そういう怪しさこそ、青山と小林を捉えていて、眼の前にある美しい陶器、骨董に瞬時確からしさを確認し、眼を鍛えるゲームをしていたように思われる。
二人とも、骨董を愛する者ではあったが、コレクターではなかった。喉から手が出るほどほしい物件(たとえば、「自動電話の箱の中で立って暮らしてもいいと思うほど、欲しい陶器」というのがあり、これは人に買わせた。この陶器も今回展示されている)を手に入れても、しばらく所有すると、まもなく売り飛ばしてしまうのである。
そして、売り飛ばした金で飲みに行ったというような乱暴な挿話が、写真の『鎌倉文士骨董奇譚』という本にはたくさん出ている。
いい(ということは悪い)酒飲みである。タイムマシンで飛んで、彼らと一度、飲んでみたい。(いじめられるか)。
そんなことを考えながら見ると、時を超えた美しさが、しんと沁みてくる展覧会である。
(書きたいことがたくさんあるので、この項、続くかもしれない…)
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「志水児王展」 伊藤寛明
Posted on 7月 25, 2007
そぉーっとドアを開けてみると、その部屋は真っ暗で、正面の壁に何やらレーザー光線の赤と緑色のアヤシイ光が壁を這っていた。5m四方程度の平面に天井高さが3.5mくらいある真っ白なギャラリーは、茅場町にあるRECTO VERSO GALLARY。真っ白なギャラリーを真っ暗にして、『志水児王展/INNERSCOPE』が8/4まで開催されている。
暗い中よく見ると前述の光は、床に置かれた、水を張ったプリズムのような細長い物体を通して壁に映し出されている。赤いレーザーは緑の地と同調しながら不思議な動きをして行ったり来たり、その動きがたまらない。赤いレーザー光線は建築現場等でも水平と垂直を出すもの、直行するものとして使われているけれど、そんなイメージがぐにゃぐにゃと曲がっていく。
一見CGのような動きにも見えるけれど、水の揺らぎを通した光だからか、2度と同じカタチにはならない所が見飽きないのだろう。海辺の波打ち際で寄せては返す波を眺めていて飽きないという感覚に似ている。
水の波紋だけでこんなにも複雑な動きになるのだろうか、変換/増幅されているのだろうか、といろんな疑問が頭をよぎっていくけれど、誰もいない涼しい部屋で(ちょうど昼時だったからね)飽きずにずーっと見ていて、気がついたら1時間近く経ってしまっていた。
増幅された波、その後さらに消散していく緑の帯。制御された水面の動きが繰り返す「静寂」と波の巻き起こす「混沌」は、そのまま「現代社会」を投影している、などというのは飛躍しすぎか?(たぶん・笑)
また、レーザー光線の波が心電図の波形を連想させる(かなりな不整脈だけどね)とすると、日々「静」「動」を繰り返す「心の状態」の暗喩であるというのは、ちょっと考えすぎか?(たぶん・笑)
いやいや、そんなことはどうでもよく、単純に<オレ、こういうの大好き!>
なんか元気が出てきた。
茅場町レクト・ヴァーソ・ギャラリー
http://www.recto.co.jp/verso/
志水児王氏のサイト
http://www5.famille.ne.jp/~jshimizu/
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レビュー「ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展帰国展『藤森建築と路上観察』」
Posted on 7月 17, 2007
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「ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展帰国展『藤森建築と路上観察』」
藤森照信研究室
藤森照信は、常々「他人の建築を語るプロではあるが、自分の建築については考えないようにしている。」という。
しかし、展覧会とは、自分の建築を語る場である。とすれば、この展覧会は、藤森が自分の建築について語らなくてはならない数少ない機会だといってもいい。
あまり自分の建築について語ろうとしない藤森がどのように自分の展覧会を構成しているのか。
会場のオペラシティアートギャラリーは、一方通行の展示空間で、展示を観ながら進んでいくと、もとのエントランスに戻ってくるという動線になっている。
藤森は、この展示空間を4つの領域に分割し、最初の3つに藤森建築の技術、表現、記憶に対応した展示を行い、最後の領域に路上観察のこれまでの成果をまとめている。
最後の路上観察のこれまでの成果がまとめられた領域は、廊下のような狭い空間にあって、補足的な展示であるので、メインの展示ははじめの3つの領域にある。
そして、「技術」、「表現」、「記憶」の3つに区分された領域は、いわば藤森いうところの「建築の創造は、頭と目と手の三位一体の結果。」(『藤森照信の原・現代住宅再発見』P101)という考えに沿っている作られたものであると理解できる。
「技術の領域」には、手で塗られた凹凸とクラックがたくさん入った漆喰壁や鉈で割ってつくる板材、削岩機で削られた丸太、あるいは南伸坊氏のステンシルのドローイングなど、これまで藤森が建築に利用してきた”自然素材”の仕上げサンプルと、それをつくりだすための技術が展示されている。
ちなみに、ここで言う”自然素材”とは、単純に木材や土壁などの”エコロジカルな材料”を指すのではない。むしろ、経済効率の追求によって、現状の建築生産システムから排除されてきてしまった技術、既存の建築現場では決して使われることのない、他業界の技術、素人の技術である。
次に、通路のための穴が空けられた杉板のパーティションを潜ると、「表現の領域」がある。
この領域には、これまで藤森が手掛けてきた建築物の同じサイズの写真が淡々と壁にかけられ、部屋の中央にはおおよそ建物の形状が理解できる程の丸太から切り出した荒っぽい模型が展示されている。
建築写真に関しては、雑誌などで見てきたこれまでの藤森建築なので、目新しい展示物ではない。しかし、ここで特に注意を引くのが、一般的に建築を説明するために用いられる設計図などのメディアが、ここで一切展示されていないところである。
当然のことながら、一般の素人からすれば、図面とは建築物を作るためのツールでしかなく、それ自体に特別な価値があるわけではない。しかし、建築設計を手掛けるプロにとっては、それこそが自身の職業アイデンティティのよりどころになることがある。
例えば、最近の妹島和世の建築の平面図が、美しいグラフィックパターンのになっているのはその代表的な例である。平面図が描く美しいグラフィックパターンは、実際に立ち上がった建築物になったとき(つまり素人は)、一切感知することが出来ない。
素人の視点から考えれば、立ち上がった建築で感知できないのであれば、無意味なこだわりであるかに思えるかもしれない。しかし、実はあのグラフィカルな平面図は、建築雑誌に掲載されて、それが流通する建築デザイン業界内で、”アート”として認定させるための暗号になっているのである。
その意味で、藤森が図面を展示しないのは、図面を俯瞰して眺めるという建築家の視線を批判し、あくまで素人が感じることが出来る純粋な視覚をよりどころに建築を作ろうという態度の表明だといえる。
さらに、靴を脱ぎ、茶室のにじり口のような穴を潜ると3番目の「記憶の領域」が始まる。
この領域は、藤森の頭の中に入ったかのようである。
温暖化のために水没した未来の東京をモティーフにした「東京2107」の巨大模型や、卒業制作の作品「幻視によってイマージュのリアリテをうるルドォー氏の方法」、あるいは巨大な石を利用して作られたヨーロッパの民家などの藤森建築に大きな影響を与えた既存の建物、あるいは、本物の芝生が生えた高さ4mはあるかと思われる巨大な土塔など、一見無関係ではあるが、すべてこれまで藤森建築に大きな影響を与えてきた思われる”記憶”が展示されている。
それぞれの展示物は、大きいものも小さいものもあり、また明快な秩序もなくぽつぽつと並んでいるので、人間の記憶を空間化したかの印象を受ける。
そして、さらにその部屋の出口付近には、藁を編んで作られたドームが設置されている。そのドームには、にじり口よりもさらに小さな穴が開いており、この穴から床を這い蹲りながらやっとの思いで中に入ると、その中では路上観察学会で採取された写真が学会のメンバーたちが簡単なコメントとともに次々と映し出されている。
この領域が、藤森の頭の中の模造だとすれば、ここで語られるコメントは、展覧会に訪れた観客に対する説明ではなく、むしろ藤森氏の頭の中で繰り返し蘇ってくる路上観察で採取した写真とメンバーたちの声であり、「頭」の領域において特にドームで囲った領域も展示されているビデオとは、藤森建築にとって、もっともコアな記憶だと考えるべきだろう。
しかし、では藤森建築と路上観察とは、どう関係するのか?
確かに、一見すると、藤森建築と路上観察とは直接関係がなさそうにみえるが、これもすこし考えてみると察しがつく。
路上観察とは、有名な「純粋階段」に代表されるように、人が無意識のうちに作り上げてしまった奇妙なものを採取しようとするものだった。
そして、藤森建築は、まさにこの展覧会で示されているように「記憶の領域」に展示されているような無意識のうちに眠っている数々の記憶を、手(技術)と目(表現)を用いながら固定化することで作り上げられるのである。
つまり、「純粋階段」も「藤森建築」も無意識の創作物という点で共通しており、藤森がプロジェクトの最初に描くスケッチは、無意識に眠っている記憶を掘り起こすための、シュルレアリストが行った自動筆記のようなものだといえるかもしれない。
そして、藤森建築にもっとも大きな影響を与えた記憶とは、路上観察で採取した素人が無意識のうちに作り出してしまった奇妙なものたちと主張されている。
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【排他的第三の足 9】こんなUFOを見た! 桑島幸男
Posted on 7月 17, 2007
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先日、ふっと空を見ると、
このようなUFOが飛んでいるではないか!
丸がふたつ繋がった様な形で、
雲のようにフワフワと飛んでいた。
ひとつの屋根にはUHFのアンテナの様な棒が出ていて、
下には小さい足のようなものがついて
一生懸命走っているように動いている。
もうひとつの丸の窓からはどうやら火事になっていたようで
小さな火が出ていた。
そして、緊急用の紐のはしごの様なものが
反対側から垂れ下がっていた。
おしらく、UFOは火事になり、
大慌てで避難を開始していたのだろうと
筆者は考えている。
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コル氏の憂鬱 [ル・コルビュジエ展:建築とアート、その創造の軌跡 ]~9/24 村松恒平
Posted on 7月 16, 2007
建築家の展覧会というと、設計図や模型などモノトーンなものではないか、と想像するが、この展覧会は、ル・コルビジェの絵画、彫刻、実際には施工されなかった建築や都市計画の設計図をCG化した映像、本人が語る映像、建築物の再現、その他、カラフルで多様な展示に満ちていて飽きない。
ただし、絵画からは僕はどうもオリジナリティを感じない。キュビズムを批判的に継承して、ピュリズムと呼んでいたようだが、今の視線から見ると、どうにも「どこかで見たような」感を否めない(キュビズムを立体にしたような彫刻は面白い。3次元の人なのだ)。
しかし、彼はそれを長年一生懸命に描いた。絵が評価されないことを憤っていたようだが、その絵は、どうにも全体に原理に還元しようという志向が強すぎるように思う。
しかし、モジュロールも含め、彼の原理化しようとしたことは、建築の世界では、深くその後の展開に影響を与えたことだろう。
彼の集合住宅の原寸大の模型(中に入ることができる)は、ほとんど今日のマンションそのものである。彼の高度集積住宅や都市計画の構想では、同じサイズのマンションがびっしりと建ち並ぶ。当時、採用されず、CGによって実現されたその景観を現代の目で見れば、ほとんどモダニズムの悪夢のパノラマである。
黒川紀章氏をインタビューしたとき、モダニズムというものを激しく批判していたが、その意味が理屈で説明されなくても一目瞭然である。
コルビジェは、一人で頭の中に理想世界を描いていた。世界各国に13年間に8つの都市計画を提案したが、一つも実現採用されなかったと映像の中でスタッフが語っている。
(その後、唯一、インドで実現した都市計画がある)。
大成功した先見的な建築家であるのに、展示全体を通して、何か挫折した狷介で孤独な夢想家のような印象を受ける。実現できたものの喜びよりは、実現しなかった壮大な計画のほうに不思議なリアリティがある。
それが僕のひねくれた見方なのか、展示の狙いなのか、あるいは、コルビジェ自身から、そういう波動が発散されているのか。
ル・コルビジェの夢想した世界のパラレル・ワールドに僕らは生きているといってもいいのだろう。少しも挫折なんかしていないのかもしれない。とにかく、とてもいろいろなことを否応なしに考えてしまう、面白い力の入った展示でした。
森美術館 9月24日まで
http://www.mori.art.museum/jp/
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「時光-蔡國強と資生堂」展 下山浩一
Posted on 7月 13, 2007
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「時光-蔡國強と資生堂」展を見る。
春夏秋冬を表した、火薬を用いたドローイングを中心にした展示のテーマは、「時光-蔡國強と資生堂」。
今や中国を代表するアーティストを初期から支援してきた資生堂との歳月が染みる、良質の展覧会でした。
この展覧会のために作られたビデオが会場で上映されていますが、これがすばらしいです。
蔡國強の仕事の歴史がよく解ります。
広島の公園で行われた火薬でサークルを描くプロジェクトなんて、ほとんどテロ(笑)
強力なイマジネーションで制御すれば、アート。
そうでなければ、幾多の人間が挽き肉になる。
そんな火薬を駆使したワークスからは、アートと社会性、市民参加型アートの是非、なーんてオママゴトのような腐れ議論は消し飛び、希有なるアーティストの存在と、ともにプロジェクトを創った強靭な意志を持つプロデューサーたちが残る。
そう。
すべては「時光」、日本語でいえば、歳月が審判をくだしてくれるのだ。
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[いけばな/鋏の音 3] 花に想う 紫苑
Posted on 7月 13, 2007
音楽の向こうに思い出のシーンが浮かぶことがある。
例えば、誰かとバーの止まり木でグラスを傾けていたときに聴いた曲が、突然耳に飛び込んできたりすると、当時のシチュエーションがそのまま鮮やかに浮かんできたりとか……。
余談であるけれど、今は亡き元夫と訪れた彼の行きつけのスナックで聴いた「珍島物語」は、イントロが流れるだけで今でも本当に鮮やかにその時のシーンが浮かぶのだった。
最近、その当時の写真が出てきて、不覚にもほろりと一粒こぼしてしまったわたし。
演歌は苦手なのに「珍島物語」だけには、特別の思い入れがあった。
さて、やはり花を見る時にも、同じようなシーンに遭遇することがある。
実家の庭には母の愛した花木が、母の手で雑然と植えられていた。
その中には一緒に植栽したものもあり、今でもその季節が訪れると、母を懐かしく思うことがある。
母は、物心ついてからというもの、いつも無言で四季の花に関わらせてくれた。
桜が咲けば弁当持参で花見に連れて行ってくれたし、ツツジだの石楠花(シャクナゲ)だの、自生している野や山に誘ってくれるのだった。
道端に咲く花の名を聞けば、ほとんどすべて答えてくれたものである。
草花を、動物を、自然をこよなく愛する母の元で、わたしは28年間過ごした。
だからわたしがいけばなにのめり込むまでに、大して時間はかからなかった。
わたしが学んだいけばなの技法の中に、写実と非写実というのがあった。
言葉通り、非写実は抽象的な技法で植物の出生を無視し、花は色の塊としてマッスで捉えたり、フォルムとして扱ったりと自由で縛りがない。
生まれて初めてチューリップの花弁を裏返したのも、この技法に出会ったときであった。
結局、技法として習得するにはしたけれど、あまり好きにはなれなかった。
非写実の場を踏めば踏むだけ、わたしは写実のいけばなを追及したくなった。
でも、そんな環境の中で、わたしが段々いけばなアートに傾注していったのは、きっと若気のいたりであったように思う。
アートを分かった振りがしたかったのだ。その証拠に当時のわたしは、オブジェ風にアレンジしたり、コラージュに興味をもったりして、自己満足を得ていた。
でも、心からそれらがわたしの心を打たなかったし、他人の作品や作風を見ても、感じるということはなかった。
やはり、自然を取り込んで凝縮した、古来のいけばな(といっても、わたしの流派は現代いけばなであったのだけれど)が、わたしの心の奥底では息づいていた。
そして年を重ねてゆくうちに、その気持ちはもっと顕著になった。
野に咲く花や、風に揺らぐ木々、それらを抱きかかえた大自然には、脱帽してしまう。
最近読んだ立原正秋著『冬のかたみに』の中に、いわゆるハイカラなものに惹かれなかった、という作者の心情を綴った箇所があったが、わたしはその気持ちがものすごく共感できた。
もとより立原正秋の場合は、育ちの良さや知識から来る本物で、わたしとは根幹が大きく異なるけれど、共感を覚えずにはいられなかった。
年と共に、母の気持ちがとてもよく分かるようになった。
気がつけば、母と同じ道を辿っている自分に、母が重なった。
画像は、落花したノウゼンカズラ。
鎌倉・光則寺の山門近くで撮った。
幼い頃、母と花を集めて糸でつなぎレイを作った懐かしい花である。
花の向こうに、母の笑顔が見えた。
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安斎肇『 PORTRAITS - 父ポートレーター、僕イラストレーター 』展案内 村松恒平
Posted on 7月 11, 2007
安斎肇さんのお父上が、肖像画家であるのを知ったのはは、単行本「なす」の編集をしたときである。そのウェスターン風の肖像画表紙を書いたのがお父上である。
この「なす」は安斎さん、しりあがり寿さん、なんきんさんの3人が芝居をやったときのプログラム的なアート本で、安斎さん、なんきんさんという二大〆切ブレーカーを抱えながら、演劇初日に間に合ったのは、編集者として誇るところである。
表紙も中味も、じつに贅沢で洒落ているが、本自体はあまり売れなかったと聞く。
2点目の写真は本に収録されている舞台のアイデアスケッチ風イラストで、安斎さんの作品の中でも僕がいちばん好きなものである。
今回、肖像画家のお父上と、安斎さんのコラボ展があると聞いて、さっそく行ってきた(小さな展覧会だ。中味は行ってのお楽しみにしておこう。ちなみにお父上は展覧会は初めてだそうである。肖像画家の作品は、依頼者に収蔵されて、表に現れることがない)。
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美しいホワイトキューブのギャラリーは、茅場町からすぐの川沿いの、古い情緒のあるビルの中にある。静謐なたたずまいは、最初、入るのにちょっと勇気がいるかもしれないけれども、入ってしまえば、そこは安斎親子ワールドだ。
この建物自体が楽しい。
次に、もし美術書好きなら、森岡書店に寄るべし。海外の古い美術関係書を中心にした静かな雰囲気の書店だ。とてもいい空気が流れている。
そして、立ち疲れたら、一階のwall streetで、川面を眺めながらキミは注ぎ立てのギネスを1パイント飲みたまえ。
そして、腹が減ったら、川の向こう側の鳥料理『鳥珍』で鍋をつつこう。これが意外にリーズナブル。幸福これに過ぎたるはなし。
ぜひアーティスティックなデートに採用されたし。
安斎肇『 PORTRAITS - 父ポートレーター、僕イラストレーター - 』
イラストレーター安斎肇誕生の秘密をさぐる!!??
7月9日(月)~7月21日(土)
11:30-19:00(日祭休廊/土曜日16:30まで)
茅場町レクトヴァーソギャラリー
〒103-0025 東京都中央区日本橋茅場町2-17-13 イノウエ第2ビル401
Tel:03-5641-8546
★日比谷線/東西線 茅場町駅下車2~3分
「東改札」を出て3番出口より地上に(前方にウツミ屋証券の看板、スターバックスなど)
そのまま直進し、霊岸橋手前を右折。駐輪場となりのビル4Fです。
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ドラゴンの饗宴なのだ!
Posted on 7月 10, 2007
【DRAGON ART】も、7月8日で創刊3か月。オフ会なのだ。
やはり芸術はリアルミーティングに限るのである。
今回は、アーティスティックな料理をケータリングをしてくれる美人料理人がいて、すごい饗宴となりました。
そして、ぷろれたり・アートは、安く楽しむべし、という理念のもと、じつに8時間にわたって、おおいに食べ、飲み、語らって、会費2,000円。日本一のコストパフォーマンス。ぷろれたり・アートの底力を見せつけた!
万国のぷろれたり・アート、団結せよ!
おいしいものを作り、食べ、飲み、愛と芸術について語り合おう!
【DRAGON ART】も紙媒体がんばる!
**
当日のメニュ
*焼き茄子の生ハム巻冷菜 コンソメ鰹節のゼリー寄せ
*鶏肉と人参のバジル煮込み
*皮付き豚肉の塩ゆで アンチョビと生卵のディップ・カシス入りマスタード・生野菜添え
(生野菜 ローメインレタス 青唐辛子 ヤングコーン 青じそ)
*生トマトと豆腐のモッツァレラ風
*ポテトサラダ紅白2種
赤 ビーツ入りピンクサラダ
白 うずらの卵
*あさつきとガーリックオイルのソーメンチャンプル
*浅蜊と金目鯛のアクアパッツァ~魚沼産こしひかりの黄金のパエーリア
*フランスパン2種とクリームチーズ
*茶豆
*果実 パイナップル 巨峰 スイカ
お酒 メインは薩摩焼酎 [白金の露 黒]
他に、差し入れ (くじらのタレ 浅蜊の佃煮 するめ クッキーなど あり)
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写真は
*乾杯直後の美しいテーブル上と料理人上腕部
*浅蜊と金目鯛のアクアパッツァ~魚沼産こしひかりの黄金のパエーリア
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【左のポケット】その14「見猿、言わ猿、聞か猿」 長島義明
Posted on 7月 10, 2007
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ロシア、ハバロフスクの公園に見猿、言わ猿、聞か猿の置物があった。三猿の事は日本と中国の格言でその他の国にはない物と思っていたがそうではないらしい。三猿は世間で生きる処世術と思えばロシアにあってもおかしくはない。
日本では近年、この見猿、言わ猿、聞か猿が増えた、どんな不正がニュースに流れようと聞き流し、怒る事もしない。自分に関わることだけ自己主張するが,それ以外は我関せずである。そんな中、政治家,官僚、企業に巣くう悪はやり放題である。平和と云えばこれほど平和で呑気な国は少ない、無関心が結局、市民に大きくはね返ってくるのだが、その時は手遅れだ。誰か「よく見る猿」「発言する猿」「よく聞く猿」の三猿の置物を造り、デパートで売らないかな。
写真、文ー長島義明
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