Make Art, No War ! 高橋キンタロー
Posted on 5月 30, 2007
Make Art, No War !
こう言い放ったのはジョン・レノンでもオノ・ヨーコでもない 、ニューヨークの街角で黙々と絵を描き続けるひとりの日系人ホームレス、ジミー・(ツトム)・ミリキタニの言葉。
映画「ミリキタニの猫」は監督のリンダ・ハッテンドーフが「寒くない?何かいるものは?」と雑貨店の前に寝るひとりの老人に声をかけることから始まる。しかし彼は絵以外のお金は受け取らず明日も写真を撮ってくれという。
ひょんなことから撮影を始めたリンダは当初「ホームレスの四季」というような作品を考えていたらしい。その状況が一変するのはあの九月十一日。
世界貿易センターが煙を噴く現場にリンダはかけつけカメラを回す。騒然とする人々、かけつける救急車。そのかたわらで喧噪を気にもかけずいつものように絵を描き続けるジミーの姿があった。翌日、残る噴煙の中咳き込むジミーを見かねたリンダは思いあまって彼を自分のアパートに招き入れる。このとき82歳のジミーと孫ほどの年齢差のあるリンダとの奇妙な共同生活が始まる。
リンダの好意に素直に応えないジミーに観客は苦笑するが、やがてあぶり出されるジミーの半生は驚くべきものだった。カリフォルニアで日系米人として生まれた彼は少年期を広島で過ごし日本画を習得。再びアメリカに帰国するが、待ち受けていたのは日米開戦による日系人強制収容所。その措置に徹底的に抵抗した彼は終戦後自ら市民権を捨てる。
戦後東海岸にたどり着き職業を転々とした彼はジャクソン・ポロックにすしや天ぷらを料理したと楽しそうに語る一方で、「お兄ちゃん、絵を描いてよ」と彼になつきやがて収容所で死ぬことになる少年の話を語り「Make Art, No War !」と語気を荒げる。彼は未だに収容所の風景を描き続ける。過去を巡る旅へと奔走するリンダと少しずつ心を開いていくジミー。
通りすがりのままでいたら単なる困った老人であったはずのジミー・ミリキタニの誇り高き人柄と反骨精神に観客は魅了されていく。なにより明快な色彩と日本画に裏打ちされた構図の作品の魅力に驚き、雑踏の中にも確かな美術の存在があるのを知る。そして60年ぶりの妹との再会へ。
「ミリキタニの猫」は9/11が生んだもうひとつのドラマ。
映画「ミリキタニの猫」は今晩夏ユーロ・スペース他にてロードショー公開。
現在86歳のジミーは公開にあわせて数十年ぶりに日本の土を踏む。ぼくは彼に会うのが本当に楽しみだ Make Art, No War !

公式サイト http://www.uplink.co.jp/thecatsofmirikitani/story.php
英語サイト(ギャラリーページあり)http://www.thecatsofmirikitani.com/
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【思考する目】18 長島義明
Posted on 5月 30, 2007
生まれたばかりの子供は何を思い、なにを感じているのだろう。
その命は人間の創世記に繋がっていて、昨日突然生まれたわけではない。
父母と祖父祖母とそれ以前の血の繋がりがあり今の命がある。
そう思うと君の命をどうしておろそかにする事が出来ようか。
君が僕とまったく関係もなく血の繋がりがないとしても同じ人の子として
この地球に生まれ生きている以上無視する事は出来ない
君が白人であれ、黒人であれ、黄色人であれ、また日本人であれ、アメリカ人であれ、フランス人であれ、ロシア人であれ、中国人であれ、朝鮮人であれ、アラブ人であれ、インド人であるとしても僕たちはその人たちの命に無関心であってはいけない。人が人の命をうばう愚かさに気ずき、阻止する為に出来る事。僕なりに、君なりに、出来事がある。そう思わないですか。
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【思考する目】17 長島義明
Posted on 5月 30, 2007
写真は本来、レンズを使い実像を虚像に移し替える化学であった。デジタルカメラはやはりレンズを使うがアナログと違い、実像を数字に置き換えた世界で、今までの写真とまるきり異なり、デジタルには虚像はない。虚像は時間の経過でもあり、いずれ消える。人はその虚像の中に喜びを感じ、生きて行く。雨あがりの道に投影された景色は逆さに見ると実像に見間違う、その中を走る自転車に乗った男も水に写る虚像である。自転車の男は虚像の世界に行くのか、実像の世界に行くのか。見る人の心だけがそれを決める。
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【思考する目】16 長島義明
Posted on 5月 30, 2007
極東ロシア北緯40度、ツンドラの草原に朽ちた船があった。丸太をくりぬいた原始的な船である。おそらくその土地に嵐がきて川から打ち上げられたのであろう、いったい何時の時代の船だろうか。なかば土と化す船、僕が遭遇しなければ、それはその存在すらもない。朽ちた船を前にして思う、人もまた同じく,朽ちていく。だからそれを前にすると立ち去れない。もうここに来る事もないだろう。人は自分が生きている証として何か表現し、残したいのではないのだろうか。それが人により、音楽であり、絵画であり、映画であり、文学だと思う。僕もまた生きた証として写真と文章を残す。いずれこの舟のように朽ち果てるとも、その残骸をこの地に残そう、誰か偶然に僕の朽ちた舟に遭遇しないともかぎらないではないか。
誰知れず、土と化す船、草原の忘れ物。
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[とに~の美術館に行こう 2] LOHASな美術館 とに~
Posted on 5月 30, 2007
日本には、まだまだ知られていない美術館が多い。
そんな知る人ぞ知る美術館に赴き、オンリーワンな感動と出会って来ようと始まったこの企画。
今回ご紹介するのは、“玉堂美術館”です。
その美術館があるのは、東京23区の西の西。
青梅マラソンで有名な青梅市にあります。
地図上では、“都内”であるものの、“東京”という感じは一切ありません。それはそれは、もう自然豊かな場所です。
美術館の最寄り駅であるJR御岳駅を降りると、御岳山をはじめとする雄大な山々や、多摩川が流れる御岳渓谷といった雄大な自然が、まず目に飛び込んでくると言った具合に。
反対に、人の気配は、なかなか飛び込んで参りません。そして、コンビニにいたっては、いつまで経っても。。。
なぜ、このような場所に、美術館が??
今回は、まず、その辺りからお話しすることにいたします。
玉堂美術館の“玉堂”とは、言わずと知れた近代日本画の巨匠・川合玉堂(1873~1957)その人のこと。
川合玉堂が、昭和32年に亡くなるまでの、10余年間を過ごした場所と言うのが、この御岳でした。
玉堂が亡くなると、彼を慕っていた地元の人々や、全国にいる彼のファン、そして、玉堂に絵の手ほどきを受けていた皇后陛下様など、実に多くの人間たちから寄付金が集まり、この御岳渓谷に、玉堂の美術館を建設しようということになったのだそうです。
このように、寄付だけで、出来上がった美術館と言うのは、おそらく日本中でも、この玉堂美術館ただ一つ。世界中探したとしても、やはり、他にないのではないでしょうか。
まさに、人々のチャリティー精神で生まれた美術館。何とも心温まるお話なのでした。
と、同時に、この話から、川合玉堂が、いかに国民的な人気画家であったのかも、おわかりいただけたのではないでしょうか。
彼の絵は、どうして、そこまで人々を惹きつけたのでしょうか。
それは、玉堂が、自身が愛してやまなかったという『日本の四季が織り成す美しい自然』を描いたことにあります。
ん?そんなこと??
そういう絵を描いた画家は、それこそ、ごまんといるような気がします。
が、しかし、玉堂が活躍した当時、画題の主流はと言うと、龍や虎のような迫力ある生き物や、同じ風景画でも、中国の超自然的な風景。そんな時代に、日本の原風景という画題は、地味すぎると他の画家はあえて描かなかったのだとか。
しかし、絵の天才であり、努力家でもあった彼は、日本の自然を描き続けることで、ついには独自の境地を切り開き、日本画壇のトップにまで上りつめるのです。
玉堂の描く風景画を観ていると、その描かれた場所に何となく見覚えがあるような、軽いデジャヴュを感じることがあります。
これは、僕だけではないでしょう。
というのも、玉堂の絵は、一見、写実的に描かれた風景画のようにも見えますが、実はこの絵、彼が頭の中でイメージした風景を描いたもの。
日本人なら、きっと誰もが玉堂の絵と同じような風景を心の中に持っているのではないでしょうか。だから、玉堂の絵を観ると、妙に懐かしく、ノスタルジックな気分に浸れるのではないかと思うのです。
とここで、突然ですが、皆さんは、“ロハス(LOHAS)”という言葉をご存知でしょうか。
「Lifestyles Of Health And Sustainability」という英語の頭文字を取ったもので、その意味を簡単に説明すると、
『地球環境保護と健康な生活を最優先し、人類と地球が共栄共存できる持続可能なライフスタイル』ということ。
急に何の話をしたのかですか??
実は、この言葉が誕生するより、数十年も昔。まさにこのライフスタイルを、川合玉堂は自然豊かな御岳の地に移り住んで、実践。
さらには、絵の中に、何とこのロハスの理念を描いていたのです。
彼の絵には、自然が描かれていることは説明したとおりですが、その絵の多くに、人が描かれています。
そこに描かれる人間には、ある共通点があるのです。それは、皆、自然と共存して、働いている姿で描かれているのです。
現代社会での重要なキーワードとなっている「人類と自然の共存」。玉堂の絵は、まさに、そんな理想郷でもあるような気がします。
玉堂は絵を通して、現代に生きる僕たちに一つのメッセージを送っている。そんな気さえするのです。
それでは、今回も、この美術館に行ったら、是非観ておきたい3つのチェックポイントをお教えいたしましょう。
まず一つめは、『玉堂のポートレート』
玉堂美術館に入ると、まず目に飛び込んでくるのが、川合玉堂の姿を写した写真パネル。
まるで、玉堂自身が、僕らを出迎えてくれているかのようです。
この写真の顔に、実に何とも言えない感銘を受けました。
「人に優しく、自分に厳しい」そんな玉堂の、生き様すべてが写し出されているかのような凛とした表情。
温和そうであり、かつ芸術家としての威厳もある、その顔自体が、一つの芸術作品となっているかのようです。
言い方は、大変悪いのですが、お爺さんの顔に、ここまで“美”を感じたのは初めての経験。「若さ=美」ではないのですね。
生き方は、顔にすべて表れるのだなぁ。と、そんなことまで考えさせられてしまう一枚の写真。
二つめは、『庭園』
玉堂美術館には、玉堂の晩年の画室「随軒」が再現されています。
もちろん、この「随軒」も、なかなか見応えがあるのですが、美術館から「随軒」へと向かう、数10メートルの距離が二つ目のポイント。
ここをスーッと通ってしまっては、もったいない。
左手に目を向けていただきたい。そこには、整備の行き届いた枯山水の日本庭園があります。僕が訪れたのは4月の末でしたが、秋になると、紅葉やイチョウが色づいて、かなりの絶景になるのだそうです。
「そうだ、京都に行こう」。そう思い立ったら、まずは、御岳の玉堂美術館に行ってはいかがでしょう。たぶん、京都に行かなくとも、満足できるはずです。
そして、僕が、この美術館で一番気に入ったのは、この通路の右手側。
実は、ここにも、ガラスケースに覆われて玉堂の絵が展示されています。
自然を描いた玉堂の絵は、やはり、屋外で見るのが合っているように思います。外気を感じて、絵を鑑賞する。これは、ここならではの体験です。
そして、最後の3つめは、『季節に合わせた展示』
この美術館の最大の特徴とも言えるのが、展示品が小まめに替えられている点でしょう。
季節の自然をテーマに、多数の作品を残した玉堂。その玉堂の精神を、最大限に反映するために、季節に合わせて展示品を替えているのだそうです。
美術館の周りに春が訪れたら、春の季節を描いた絵に。初夏が訪れれば、春の絵ははずし、初夏の絵へと。美術館の中にも、きちんと季節感が取り入れられている。
ちなみに、例年より花の開花が早かった異常気象の今年、美術館に椿の絵がかけられるのも、例年より早かったのだとか。
特に展示替えの期間は設けず、その日のうちに、絵を展示換えしてしまうそうなので、季節の移り変わりによっては、今日と明日で、展示品が違うこともザラだと言う。
玉堂の作品の中には、忠臣蔵を描いた作品もあるそうで、これを展示するときは、年間でも討ち入りの日前後の数日だけ。そんなレアな作品も存在するのです。
そういう意味で、年間を通じて展示品が楽しめる美術館なのである。ただし、休館日だけは、行く前に調べておきましょう。
最後に一つお知らせがあります。
今年は、川合玉堂が亡くなってから、ちょうど50年という節目の年。
そこで、この玉堂美術館では、6/26~7/16(予定)に、玉堂の回顧展を行うそうです。この間にしか、玉堂美術館で見られない絵も多々ありますので、是非お見逃しなく。
また、その期間中、玉堂の命日である6/30に訪れると、記念品を用意してくれているそうです。この日だけ、この記事を見た方が、大勢行かれるかもしれませんね。
さぁ、そんな“LOHAS”な美術館へ行こう!
玉堂美術館
住所:東京都青梅市御岳1-75 電話:0428-78-8335
開館時間:午前10時~午後4時30分(入館は4時まで) 休館日:毎週月曜日(祝日のときは翌日)年末年始12/25~1/4
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【左のポケット】その1「お友達になろうよ」 長島義明
Posted on 5月 30, 2007
「ちょっと、お友達になれへんか。」
「お友達! あんた可笑しいで、裸やないの。」
「天気が良いし、裸に成ると気持ちええねん。」
「裸でお外歩くとおまわりさんに怒られるよ!」
「第一、そんな格好で女の子に声かけるなんて、セクハラよ。」
「あ、そう。ほんなら僕一人で遊ぶわ。さいなら。」
「お母さん、あの子おかしいで。」
「裸で出て来て、お友達になろ。いいやんねん。」
「お友達になって遊んだら良いやないの。」
「いやや、裸の男の子なんか。」
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【左のポケット】その2「犬の立ち話」 長島義明
Posted on 5月 26, 2007
「やぁ、ご主人お久しぶり、長い事お会いしておまへんが、どないしてはりましたん。」
「いや、ちょっと入院してまして—-。」
「そう云うたら、ちょつと顔色悪おまんな。肝臓でっか。」
「それもありまっけど、ポリープが胃に出来ましてな、それ切ってもらいましたんや。」
「大変でんな。最近不景気が長引いて、ストレスも溜まり、胃も肝臓も悪い人多なりましたな。」
「ところで、これからどこかへ、お出かけでっか。」
「へぇ、梅田え行きまんねん。知ってはりまっしゃろ、最近、ハービスの側にブランド物の店がいっぱいあるビルができたん、そこえ行きまんねん。別に買うつもりありまへんねんけど、それから、デパートへ行って、なにか美味しいもん食べよ。おもてまんねん。」
「そら、よろしいな。お一人で——。」
「いや、武田さんの奥さんと——。ひやぁ、待ち合わせの時間に遅れるわ、ほな、失礼します。」
「女て、ええな。なんのストレスも持つとおれへん。長生きしよるはずや。」
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アイスダンスの楽しみ 林みず枝
Posted on 5月 25, 2007
アイスダンス。
間違いなくスポーツの1ジャンルであるのに、これほどスポーツっぽくない競技もめずらしい。
男女シングルのジャンプやスピンのように、アイスダンスにもリフトやツイズルやステップシークエンスといった必須要素がある。しかし、ダンスの場合、演技の中に技術を感じさせないほうが洗練させて見えるし、実際に上位はそんなチームばかり。
しかし、これだけフィギュアスケートブームであっても、アイスダンス好きは少数派。それは、テレビで放映されることが少ないから。日本に男女シングルのようなメダル圏内のアイスダンス選手がいればまた違ってくるのだろうけれども、それにはまだまだ時間がかかりそう。
よって、日本にアイスダンスファンが増えていくかどうかは未知数だ。
今のうちに見ておくと通っぽくていいかもしれませんよ。
どう見ていいのかわからないという人もいましょうが、ここは氷上のダンスとして、心をダンサーたちにゆだねて素直に見るのが楽しいと思う。ドラマチックだったり、おしゃれだったり、セクシーだったり。上位チームは、尊敬すべきすばらしいアーティストばかりですから。
さて、今年私がいちばん好きだったプログラムはこれ。
3月に東京で行われた世界選手権で6位に入ったTessa VIRTUE / Scott MOIR(テッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア)。
なんだメダリストじゃないのかとあなどるなかれ。
彼らは17歳と19歳。昨シーズンには世界ジュニア選手権のチャンピオンだった。
20代後半の選手も多く、経験で得点を積み重ねていくところがあるアイスダンスの世界で、ジュニア上がりの10代の選手がいきなり翌年シニアの世界選手権で入賞するというのは、驚異的なことなのだ。
このプログラムも、試合を重ねるたびに技術を上げ、洗練されていっている。
世界選手権の現地では、この演技に観客が釘付けになり、メダル争いの一つ前のグループだというのにたいへんな拍手喝采だった。今度の世界選手権で、私がこれほど心を動かされたプログラムはなかった。
Tessa VIRTUE / Scott MOIR フリーダンス「悲しきワルツ(シベリウス)」
もともと劇音楽として作られたこの曲にはストーリーがある。
「死の床にある主人公の母親のもとに死神がやってくる。母親は夢の中で若き日の姿の少女になり、死神を初恋のボーイフレンドか若き日の夫かと思い込んでワルツを踊り、微笑みながら息絶える。」
http://www.youtube.com/watch?v=wGbj0dc87wM
いかがでしょう。情景が見えますか?
—-
今年3月のフィギュアスケート選手権(東京体育館)には4日間通い詰めました。一生のうちですてきな思い出を3つ上げろと言われたら、これが入っちゃいますね。今のとこ。夢のようだったなあ。
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【思考する目】15 長島義明
Posted on 5月 25, 2007
人間の目から入る映像はさまざまな感情を呼び起こす。 ここに提示した写真はインドネシアで撮影したコウモリの住む洞窟だが、この写真を見た人の90%以上の人は気持ち悪いと感じる。これが白い鳩の群れだと、まったく違う感情、美しく平和な風景に思う。鳩が美しくて、コウモリはどうして、気持ち悪いのか。人間が生まれもったDNAの中にそのように組み込まれているのか。それは日本人だけの感情なのか。
欧米人はこの写真を見て気持ち悪い、と云う感情より、珍しい、どこで撮った写真だろうと思う。どうも今の日本人の映像から受ける感情は違う様だ。江戸時代、明治、大正とコウモリは図案化され、着物の柄、ほんの挿絵、手ぬぐい、蒔絵などに持ち入れられた愛すべき動物なのである。コウモリに限らず、蛇、ネズミ、毛虫、ゴキブリ、クモ、など人間に嫌われる生き物は多い、実に気の毒な存在である。
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能を初めて見てぶっ飛んだ! 『薪能・野守』 村松恒平
Posted on 5月 24, 2007
昨日は、誘われて深大寺で薪能、野守を見てきました。これは境内の本堂の正面に舞台を特設して行われます。ほとんど宣伝していませんが、数百人の人が座って見物していました。無料です。
狂言は見たことがありますが、能を見るのは初めてです。予備知識もほとんどありません。
「野守」は、山伏が、野守という役目の老人に、鬼神を呼び出す不思議な鏡を見せてくれ、と頼み、やがて老人は鏡をとりに消え、代わりに鏡をもった鬼(同一人物?)が現れて地獄に帰っていく、という筋。
説明しても茫洋としていますが、詞章や大意を読んでも、見た僕自身が、どうにも半分くらいしかわからないのです。
そのぼんやりした感じがどうも能の本質なのです。
薪能は、夕刻、薪に火をつけて行われます。
「見ているうちにやがてあたりが暗くなり、幽玄の世界に誘われます」と主催者が挨拶で言っていましたが、本当にその通りでした。
黄昏というのは、誰そ彼と書いて、ぼやっとしか相手の姿が見えなくなる時間帯をいうそうですが、薪能、というのは、全くそういう時間に入っていくための装置なのです。
正直に言うと、ものすごく眠くなります。
鼓とかけ声のリズムは、厳密に決められているのでしょうが、西洋音楽に慣れた耳には、全く規則性を捉えられません。むしろ、規則性を外す、意味性を排す、という体系のように思われます。
言葉にしてからが、ほとんど意味を聞かせようとしていません。
習慣的に意味を捉えようとする耳は、つねに裏切られて虚空をつかんで還ってきます。
舞台の動きは、緩慢で最小限です。
シュワルツネッガーや、ブルース・ウィリスのようなアクションを期待することはできません。
実際に動作で表してしまえば、それは日常的な意味として了解されていくのですが、動かない、となると、動かない姿、小さな所作が、限りなく象徴として機能するようになるのです。
象徴については『枯山水 山河』でも書きましたが、さらに深くいうと、象徴による操作を行う枠組みが「儀式」になります。
儀式は神の力、あるいは目に見えないエネルギーの統御のためにあります。
そう考えると、動かないことでより大きな目に見えないエネルギーの流れを場に生み出しているのです。
この日、能には大きな拍手が起きていましたが、本来能は観客に見せるためではなく、神に捧げるものであるために、拍手はしないのだ、と後で聞きました。まさに儀式であるわけです。
そんなわけで(言い訳ではなく)、僕はうつらうつらと幽玄境に入っていったのです。こういう不思議な意識状態は、タルコフスキーという監督の映画でなったことがあります。要するに寝たとも言えるのですが(笑)。軽い催眠状態といったほうが穏当でしょうか。
そんな朦朧とした意識状態の中で、能は進み、はっと気づくと、鬼が舞台に現れて、金色の盆のような鏡を掲げました。音も最高潮に高まっています。
その瞬間の美しさ、ほんの一秒か二秒、いや時間はありません、夢幻の中の時間ですから測ることができない、でも瞬時の閃光的なものが、僕の中に入ってきました。
その美しさは写真には写らないのです。僕という受容器がある状態に作り出されて初めて入ってくる美しさ、そういうものがあるのです。
言葉にもならないし、感動したとか、幸せや快感とも違う。でも、僕の中に深く入って生き続ける美しさです。
ものすごく贅沢な一瞬です。
このことのために能というものが仕組まれて、伝承されているなら、ただならぬことです。どうただならぬのかは、理屈になるのでやめます。
やれ、おそろしや。
もちろん、これは初めて能を見た僕の理解なので、能を見続けている人は、もっと深いものを見ているかもしれません。
我が敬愛する山田風太郎は、遺作『柳生十兵衛死す』の中で、能をタイムマシンとして使っているのです。その設定はじつはピンと来なかったのですが、昨日の薪能を見て、意識の時空を超えさせる装置としての能というものをいやというほど体験したのです。
だからといって、能を今後積極的に見たいか、と言われたらそうでもなくて、一年に一回くらいで十分です。
見たくないけど、すごすぎるぞ、能。
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