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	<title>DRAGON ART CREATOR&#039;S REVIEW</title>
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	<description>WEB投稿誌にして美術雑誌、誰でも読み手または書き手になれる、真面目なアート系サイト「DRAGON ART CREATOR&#039;S REVIEW」はこちらです。</description>
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		<title>語りかける風景**風景画の法則を発見</title>
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		<pubDate>Thu, 24 Jun 2010 07:09:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>村松 恒平</dc:creator>
				<category><![CDATA[Review]]></category>

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		<description><![CDATA[このように考えると日本の絵画の可能性は風呂場にこそあるのではないか。]]></description>
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		<title>「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」レビュー　　村松恒平</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Feb 2010 17:52:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>村松 恒平</dc:creator>
				<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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		<description><![CDATA[朝青龍は、我々には永遠に読み解けない詩であった。
それは、「力」という名の詩である。
『チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展』を見に行ったのは、モンゴルの大横綱朝青龍の引退表明の3日前だった。場所は奇しくも両国・江戸東京博物館である。
何か懐かしいような異国、モンゴルについて、僕は何を知っているだろうか?
巻上公一さんに少しだけ習ったホーミーや、三枝彩子さんの歌で聴いたオルティンドー。
モンゴルを訪れた友人が、「向こうの犬は大きくて獰猛で狼のようだった。いや、狼なんか噛み殺しそうだった」と語ったこと。
そして、世界を支配下におさめるかに見えたチンギス・ハーン。
モンゴル帝国はチンギス・ハーン一代で、世界人口の半分をその支配下に治めたという。
獰猛で果敢で速度と力に満ちて、情報戦にすぐれ、ひれ伏し帰順するものは許すが、少しでも逆らうものは何の躊躇もなく皆殺しにする超軍事国家。
モンゴルは13世紀に猛威をふるった。
それを残虐と指摘することは、虎や獅子に向かって、お前は残酷だというのに似ている。
しかし、虎や獅子も空腹でなければ獲物を襲わないというが、モンゴル帝国はあくまで飢えていた。とどまるところを知らない業火のように激しく領土を拡大していった。
彼らは、その力を持って世界の果てを見極めたいと願ったのか。
しかし、その領土は彼らの治世の観念と能力を超えて急拡大したためにあっという間に四分五裂して、消滅した（いや、彼らならずとも、これだけの急拡大は支えられないであろうけれども）
いや、僕はモンゴルを知らない。
ここに書いているのは、正確な史実ではなくて、僕の中のモンゴル帝国といっておいたほうがよかろう。
そのモンゴル帝国にとって、至宝とは何だろう?　というのが今回の興味だ。
パオに住んで遊牧する民。仮借なく騎馬で侵略し征服する民。
たとえば、異国の宮廷に踏み込んで、略奪するときにも、彼らを内から突き動かす力と速度からすれば、そこは見すぼらしい小屋と同様の通過点に過ぎなかったのではないか?
*
思った通り、展示には、たとえば、フランスの王女様がしているようなきらびやかで精妙な宝石を使った細工物などはない。
美しい女性の装身具があるにしても、もっと、野趣に満ちて骨太なのである。
そのように考えると、西洋の美術は静かな室内でじっと鑑賞するように作られているとわかる。
それよりも、目を引くのは男性的なもの、実際的なもの、軍事関係の文物である。
鏑矢の鏃などを見ると、その音が聞いてみたいと思う。
たぶん、僕ら日本人が鏑矢と聞いて想像するような、のどかで情緒的な音ではなく、モンゴルのどこまでも広い地平線に鳴り響くほど大きな音が鳴るのではないだろうか。
銅の鏃も音もなくすばやく飛んで、殺傷力が高そうだ。
鏃を通じて、よく訓練された屈強な兵士がいっせいに矢を放つ光景が浮かんでくる。
パオをそのままに乗せて、たくさんの牛に引かせる威風堂々の戦車の模型とか、投石機とか、何かふと血腥い乾いた風が吹くような物たちがいろいろ想像を広げさせる。


極めつけは、写真の◆龍が彫ってある王座（一級文物）　清代　内モンゴル博物院蔵だ。写真は正面からだからわかりにくいけれども、大きな鹿の角を逆さに使った肘掛けは、鋭い先端が正面に向けて突き出していて、じつにかっこいい。
ギーガーの元祖のようなパワーも感じるし、マッドマックスや暴走族の美意識を百倍くらい高貴にしたらこうなるかもしれない。
荒々しいけれども、一分の隙もない。
これはすごい。

それから◆大威徳金剛の面　清代　内モンゴル博物院蔵
個人的にこれも気に入った。
色合いといい、三つ目であることといい、わが守護神的作品、悪夢バスターとあきらかに血縁があるように思われる。


大威徳金剛の面には、5つの髑髏がついている。髑髏までは及ばなかった。
この髑髏は魔除けであるとともに、敗者の屍をさらして威を誇るものだろう。
そういえば、草原では戦争に負けた相手の生首を子どもたちがクリケットのボールにして遊ぶ、という物語の描写をどこかで読んだ。
わが内なるモンゴルでは、生も死もどこまでも乾いている。
湿った心情の居場所はない。
この展覧会を見ると、日本にはない猛々しい詩情が心をよぎっていくのである。
「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」
http://www.mongolten.com/
2010年2月2日から4月11日まで
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		<title>あずかりキノコ　村松恒平</title>
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		<pubDate>Fri, 07 Aug 2009 07:16:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>村松 恒平</dc:creator>
				<category><![CDATA[芸術日記]]></category>

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		<description><![CDATA[0]]></description>
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		<title>Art Project Studies 　アートプロジェクトって一体なんだろう？</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2009 05:38:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>art project studies</dc:creator>
				<category><![CDATA[その他]]></category>
		<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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		<description><![CDATA[「Art Project Studies」プレスリリース　
アートプロジェクトって一体なんだろう？ 参加者の立場から作ったアートプロジェクトについての展覧会。
～作品展示　ドキュメント報告　トークイベント～ 
この度は私たちが開催する展覧会「Art Project Studies」のお知らせをしたく投稿させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
「Art Project Studies」とは、
現在全国に１００カ所以上あり地域市民とアーティストによって作られる通常のアートの展覧会ではない
”アートプロジェクト”を学ぶために企画しました。
この展覧会は東京芸術大学中村政人研究室修士２年が企画・運営を行っています。
わたしたちは、制作を勉強しアーティストを志すものですが、今回アートプロジェクトを通して芸術を学ぶために、
アートプロジェクトの参加者（サポートスタッフ、来場者、参加アーティスト）の役割を分担し
「アートプロジェクトとは一体何なのか」ということを考えます。
一見わかりにくく、どのような仕組みなのかが見えづらいアートプロジェクトを
初めての人でも上級者の人でも楽しめる展覧会を行いたいと思います。
◇展示内容◇
◆Art Project File
全国のアートプロジェクト一覧 表や、私たちの体験レポートを 公開します。
参加者、来場者からアートプロジェクトはどのように見えているのか？アートプロジェクト主催者の方、必見です！
また2008年から全国のアート プロジェクトのチラシやDMな ど東京では入手困難な情報満載 です。
◆Art Project Document 09
アートプロジェクトに関わるさまざまな人のインタビューによって作られる映像作品
アートプロジェクトのこれまでの流れや、地域においてどのようなことが背景となり、人々はアートプロジェクトに行うのでしょうか？
インタビュー対象者（あいうえお順）
○アサダワタル氏大阪　築港ARC代表　○雨森信氏 NPO法人　remo 理事
○加藤種男氏 アサヒビール芸術文化財団事務局長 　○木ノ下智恵子氏　大阪大学コミュニケーションデザイン センター特任講師
○芹沢高志氏 都市・地域計画家 　○中西美穂氏　NPO 大阪アーツアポリア代表
○中村政人氏  アーティスト　コマンドN代表 　　　○田中佐和子氏　越後妻有ボランティアスタッフ
○橋本敏子氏　生活環境文化研究所／文化農場代表取締役　　○原久子氏　フリーアートプロデューサー 　　　　　　
○原田真千子氏　　秋吉台国際芸術村企画主任
など他多数予定。
◆たった一人の アートプロジェクト！
東京神田の街KANDA DA内で３ 週間という短い期間内に、これ までアートプロジェクトを学ん だことを生かし、たった一人で
アートプロジェクトを作ること を試みます。
◆アートプロジェクトショー
北海道徳島の２ヶ所で参加したアートプロジェクトの 滞在先で制作した作品をKANDADAで新 たに展開します。 
展覧会名称：　ArtProject Studies (アートプロジェクトスタディース）
開催日時　：　2009年6月27日（土）～7月11日（土)
会場　　    ：　プロジェクトスペースKANDADA
  〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-9 精興社１F  tel 03-3518-6176   [...]]]></description>
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		<title>【うつ病とアート】性への視線　　　よいち</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Apr 2009 01:38:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>よいち</dc:creator>
				<category><![CDATA[【うつ病とアート】]]></category>

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		<description><![CDATA[
[2] 日常的表現とデザイン行為
前の章で、私がうつ病にかかったごく初期の頃について書きました。
人混みで恐怖に立ちすくみ電車や交差点が怖くなり発作を起こし、過敏な目で誰かをたまたま見つめるだけで吐き気を催しあちこちに逃げ出したのが始まりでした。
一体、ただすれ違うだけの他人の、何を見て何を感じていたのか？
それをもう少し掘り下げてみます。
オフィス帰りの女性。清楚な格好ながら、ラメのハイヒールを履いている。
男性が仕事あがりの時間を楽しむかのように、しゃれたネクタイを着崩している。
ふわりと漂う香水またはお酒の余韻。
そういった電車の中のよくある風景が私にはとてもつらく感じられました。
女性の方が、見た目や香りのバリエーションがあったためにとりわけつらかったように思われます。
流行の髪型、少しばかりのほつれ毛とうなじ、ととのった化粧など。
通常だったら可愛い、きれい、セクシーと思われていたものがことごとく『つらい』動機になるのでした。
　
ごく一般的に、人は持ち物・衣服・振る舞いというモノを通して『自分がこうありたい』『自分はこうである』というコトを表現します。
通勤の行き帰りという限られたシーンの中でも女性らしさ、男性らしさをアピールするのは、見られる意識のある者やアイデンティティを意識する者には誰にもあることでしょう。上手下手や時間労力のかけ方の差こそあれど。
仕事場という制約の中でどれほど女性であるかという表現。
（あるいは自分は女性性を表に出したくないという表現も）。
それは自分は性差という一つのジャンルにおいて、生活圏内での立ち位置を示す『自己カテゴライズ』であり『規定』です。オリジナル性が豊かでも、見る側は既存のイメージを基準に判定するのです。
その為に身にまとう物を選択し振る舞いを行うことは、生活の中における『自分らしさのデザイン』です。
　
私は、他人の自分への視線を意識したのではなく、逆に他人への自分の視線を意識してしまいました。病気のために尋常ならざる感覚で他人を恐ろしく感じるようになったため、見知らぬ人の『自分デザイン』にいちいち反応していました。『男です』『女です』というアピールにはとりわけ恐怖を感じていました。
理由を考えてみます。
とあるロマンティストが、全ての人間は同じ空の下に生きて支え合っていると歌う、ちょうどその感覚と通じるものがありました。全世界の『男』や『女』が私の人生と知らぬ間につながっていて、どこかで互いに傷つけ合っているという感覚がまとわりついていたのです。
女性の美しい足元が偶然目にとまると、ただのかかとが女性性として視界を覆ってきて、知らぬうちにこの人をどこかで傷つけていたか、この人に傷つけられていたのではないかという出口のない暗闇に支配されてしまうのでした。
　
現代社会でごく一般の人が行う『自己デザイン行為』。
上に記したように、今思うと私が恐れていたのは、外見のみで完結する媒体でした。
根拠として、個人的に関わりのある人は利害関係が明白であるなら外見以外の媒体で互いに知りうるものがあるから恐れる必要がなかったのです。
外見のみで完結ということは、伝達媒体としては発信側も受信側も既成のイメージにひどく依存しています。流行のファッションなどは特徴的な一例です。恐怖した時の私の目にはその個人は写っておらず、頭を支配するのは概念としての人間の側面のみ ― 男であり女である ― でした。
まとめれば、ありふれた男と女。抽象的な現代の性でした。
どんなに独自性の高いデザインをしようと既存のイメージやカテゴリからはそうそう脱却できないということを知りました。
それは一方では事実であり、一方では特定の抽象的なカテゴリに収束しようとする私の病理でもありました。
それはごく最近になってやっと言葉で整理できたことです。
限りなく水面に近い無意識で理解してはいましたが。
当時の感覚では、9割以上見しらぬ人間が構成する社会から自分を切り離すしか生きる術がないというきわめて孤独な思いにも苛まれていました。
　
誰もが見て取れる媒体を通して、人間そのものを恐れずにいられない。
ということは、人間のエッセンスを抽出しクローズアップするような『アート』とは接するどころか恐怖そのものである…という時代が、私の中に到来したことになります。
　
そんな私にも生きる場所が、ありました。という話を次回。
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		<item>
		<title>倉重光則　不確定正方形　ある、からいるへ　　Yu Ohkawa</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Mar 2009 03:22:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Yu Ohkawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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		<description><![CDATA[
&#8220;不確定正方形　撮影　洲崎一志&#8221;
*
我々は対象を見ること、知ることに慣れている。だが倉重光則氏の作品を前にした私は驚くべきことに作品が対象であることを忘れていた。
ギャラリー現で行われた今回の展覧会は照明のない画廊の壁に正方形に投影された絵画的な明滅する光と床近くに這わされたネオン管、そして床の鉄板から構成されている。
　
まず作品が対象的でないことを論じる前にまず明滅する光を知覚した私の記述から始めたいと思う。最初明滅する光を見ていた私は他の誰もがそう感じるように目がチカチカして何も分からなかった。しかし、倉重氏に作品の説明をしてもらい、意識が耳と頭に集中し始め光を凝視するのを止めた時、作品である不確定正方形（光）が変化を見せ始めた。
　不確定正方形は私の中に沁みてきて私にとって内でも外でもない感覚が生まれてきた。また不確定正方形は私の中で発光するという現象よりも存在として支持体である壁から浮き上がり、そこにあるものとしての佇まいを見せてきた。だが一方でその存在は支持体である壁に対する触覚がないままなので地に対する図という慣れ親しんだ認識を得ることは出来ず、私の中での在るという感覚は宙吊りにされてしまった。その宙吊りになった感覚を補足しようと足元を確かめるように私は床一面に敷いてある鉄板に目をやった。しかしここでも異変が起こった。加工を施されていない生の鉄板は質量を失ったままでなおかつそこに存在しているのである。不確定正方形が放つ明滅している白い光を受けながら鉄板は知覚の場所性を失いながら私の前に現前している。
　
私は倉重氏が作った空間に佇みながらインスタレーションにありがちな包まれる感覚でもない、かといって対象を認識する能力も奪われたままそこに立っていた。不確定正方形は我々に何を示そうとしているのか。
　私は自宅で部屋のスイッチを点けたり消したりして不確定正方形を真似て部屋の様子を観察して見た。すると部屋にあるものはその質量を奪われボーっとした表情を見せだした。これはまた、目をパチパチさせながら物を見ると似たような効果を生み出す。
しかし、倉重氏の不確定正方形は空間全体が明滅するわけではなくあくまで平面としての正方形に限られている。確かに不確定正方形によって照らされる空間内の事物は明滅効果によって質量を失い実体感を失うが、主体である不確定正方形はその存在を示しながら、我々に対して対象であることを拒む。
対象とは通常認識し、私の内に一部を取り込みそこにあることを理解することである。しかし不確定正方形は正方形としての形象をそこに持ちながらも明滅しつつ白い光を我々に向けているため、在ることは分かりながらも明滅によって眼差しが届かないため対象として凝視ができない。
そこで対象として認識を止めると空間全体が感じられてきて私の身体が戻ってくる。ここにいると。最初は落ち着かなかった空間も対象が在るという意識から、今ここにいるという意識に変わった時から倉重氏の空間が全く別の空間に変わっていったのである。
　
対象を認識することを忘れた私はもう一つのモチーフである赤いネオン管に目をやった。ここでもそれが何を意味するかという意識を離れ現前している現象に意識を注いでみた。すると赤いネオン管は床近くに設置してあるため床の鉄板に反射してぼーっと光っている。作品という実体に対し虚構性が感じられそれが鉄板という実在感のあるものに反射しているため私の中で虚と実が混じり合う。ネオン管はまた不確定正方形の一つの角にも這わせてあるが、これは他のネオン管が画廊の壁と床を強調しているため、その両方のネオン管を一緒に見ている鑑賞者にとっては不確定正方形内（虚空間）の空間と画廊という現実空間が混じることになる。したがってネオン管は虚と実の間を繋ぐバイパスのような役目を果たしているが、虚と実を分けることに慣れている私たちにとっては戸惑うばかりである。ここでも倉重氏は作品の主体をずらし、全てが関係の中で提示されている。
ここで、では不確定正方形を含む空間はどこへ我々を導こうとしているのであろうかという疑問がよぎる。このレビューのタイトルに書いた、あるからいるへという意識の変化が鍵となるように思える。
我々は通常絵画という平面を虚構に押しやり安心してその外側である実空間から見ている。そして私ではない画家が主体となって作品を私に差し出す。そこには安定した構図がある。しかし不確定正方形が差し出す空間は作者という主体を失わせ、すべてが現象として還元され、その現象が張り巡らされた鏡のように私が意識するすべてのものがすべてのものに映りこみ、反射し虚と実、内と外という区別を無くし私の前に現前する。
そこで作品を見るということを諦め、眺めるという意識に変えると不思議と空間は私の中へ染み込み、作品がある、から私がここにいるという意識に変わり、どこでもないどこかにいるような気分になりリラックスする。倉重氏は何度も会場を訪れているが、その時画廊から一旦外に出るととても町が静かに感じられると語っていた。
不確定正方形を巡る心の旅は作品が対象であることを止め非対象的な、全てのものが溶け合う世界を私たちに提示しているのではないだろうか。
　しかし依然として不確定正方形は不可知な存在として私の前に現前していることも書いておきたい。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
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		<title>全光榮(チョンクァンヨン)展　　Tsunabuchi</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Mar 2009 10:49:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Tsunabuchi</dc:creator>
				<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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		<description><![CDATA[
森美術館でおこなわれている『チャロー！インディア』を見て帰ろうとしたが、隣でやっていた『全光榮展』も同じチケットで見られると知り、ついでだからと入っていった。この展示にはまったく裏切られた。まったく期待してなかったし、全光榮という人も知らなかったし、入口のポスターもあまり魅力的には見えなかったので入らずに帰ろうかとも思った。だけど「ここまで来たんだし」と思い、ついで以外のなにものも感じずにフラフラと入ってしまった。
それが間違いだった。完全に魅了された。魂を持っていかれた。
展示室に入る前にこんな文章が置かれていた。
「懐かしさを包み込む」
私にとって人生とは染みるような懐かしさだった。
朝、目が覚めると理由もなく涙が流れたりする。
どうしてなのか、なぜすべてのものが懐かしいのか、私はわからない。
人々は私を背丈が低い東洋人の作家ということで記憶しているが、私の懐かしさの背丈は他人が見えないあの高いところまで伸びているかもしれない。
見えない私の懐かしさは、時には悲しい愛に、時には苦痛を伴う創作活動に、情熱の涙にその姿を変えた。
そのように私を熾烈な人生へと果てしなく駆り立てた懐かしさを恨んだりもした。
しかし、そんな懐かしさがなかったら私の人生は平穏だったかもしれないが空しかっただろう。
この懐かしさがあればこそその懐かしさを忘れるため全力を尽くして作業へ没頭した。しかし忘れることができず、さらなる懐かしさで、私は倒れてもまた起きあがって走った。
私の深い懐かしさと、また誰かの傷と懐かしさを包む心で数千、数万個の三角形を韓紙のポジャギ(風呂敷)で包んで結んできた。
そんな私たちの痛みを癒して上げたいとの想いが私の作品根幹であり 緻密な執拗さ途方もない努力を要求する特有の作業過程を支えてくれた力だった。
数千万回の三角形のポジャギを包む過程でへとへとになっても、それぞれのポジャギへ私の暖かい温もりを盛り込もうとした。
その真心と温もりで誰かの懐かしさを包んであげられることができると信じ、私のAggregationは休むことなく続くことだろう。
　　　　　　　　　　　　　　　　　―-全光榮

この詩のような紹介文を読んで期待感が生まれた。いったいこの先に何があるのだろうかと。
しかし、最初の展示スペースにはピンと来なかった。布を染めたような抽象的な作品には「こりゃ期待はずれだったかも」としか思えなかった。そして次の展示スペースへと進む。
そこにあったのは森だった。ひとつの壁に森が掛けられていた。
森の絵があったのではない。森のオブジェクトがあったのでもない。森とは似ても似つかぬ形の森があったのだ。
漢字やハングル文字が印刷された紙(韓紙(ハンジ))でさまざまな大きさの三角形を包み込み、その三角形が、何千とも何万とも数え切れないその繰り返しが、あたかも自然物が構築されたかのようにきれいに並べられ、ひしめきあい、共存し、全体で遠近感やデザインを伝えている。
木の葉はひとつひとつとても似ている形をしている。しかし、どれひとつとして同じものがない。同様に、そこを形作っている三角形の断片はどのひとつも同じものがないが、ひとつひとつが同じような要素の無限の繰り返しになっている。そこにあるのは自然と同じフラクタルな繰り返しと、作者のどこから来ているのか計り知れない情念だった。ひとつひとつの果てることのない繰り返しを、作者はまるで自然の造形のように、あるデサインへと練り上げている。この様相はとても写真ではわかり得ない。
森の遠景は緑の固まりだ。近づくにつれ木の形がわかるようになる。そしてもっと近づくことでやっと枝がわかり、もっと近づいて葉がわかる。そこにあった作品も遠くから見ると全体のデザインがあるだけだ。ところが少し近づくとその構成要素が何か特別なものに見えてきて、さらに近づくとやっと三角形がわかり、もっと近づくことでそこに書かれている文字を認識する。
全光榮展ホームページ
はじめてガムランを聞いたときのような肌寒さを感じた。ひとつ間違えると自分がどこか別の世界に持って行かれそうな、そんな感覚。この感覚を投げかけてくる作品が、そのあとずっと続いていく。
形の組み合わせも妙なるものだが、その三角形の染色と配列、場所毎に異なる大きさと組み合わせ方に、僕はブナの森や杉の森や、イチョウの森、松の森といろんな森を引きづり回される。
平面の作品だけでなく、立体物もあり、全光榮という個人によって生み出された様々な森に、完全に酔ってしまった。
展示の途中で全光榮氏のインタビューがビデオで流されていた。そこで全氏は画家になった頃の苦労について話していた。そのなかでたった一枚手放さないでいる作品について語っていた。ほとんどが赤で覆われたその抽象画は、僕にはあまり名作には見えなかった。バリ島の露天で売られている抽象画に似ているとさえ思ってしまった。この作品のどこにアートで必要とされる深さを見出すべきか、僕には理解できなかった。だけど全氏は行き詰まったとき、その作品を見ることで、初期の苦しかった頃を思い出すのだそうだ。そしてそれを新しい作品の糧とする。きっとあの作品は全氏にとって、創作の世界へ入る鍵なのだろう。あの鍵となる作品から、どのようにしてあの森を思わせる、深い、情念に満ちた、そして全氏が語るように懐かしさをも思わせる、見るものを別の世界に誘うような作品へと飛翔(リープ)するのか、その秘密を知りたい。
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		<title>「工房集と仲間たち展」はパンドラの箱　　村松恒平</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Feb 2009 06:38:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>村松 恒平</dc:creator>
				<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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		<description><![CDATA[
工房集は、2002年から活動している障害者たちのアートスタジオ。
そこのアーティストたちの展示。
今の時代、こんなことを正直に言ったらいけないのかもしれないが、障害者というと「カワイソウ」な人たち、という意識はやっぱり僕の中のどこかにあるんだ。
でも、彼らの作品をしばらく観ていると、そのうちにある面で本当に「カワイソウ」なのは僕たちのほうではないか、とすら思えてくるような逆転が起きる。
無意識との交流の量において、それに費やす時間において、贅沢なのは彼らで、「カワイソウ」なのは僕らだ。
でも、ここで僕たち、というと、健常者、健常者でアーティストを目指していたりする人を漠然と指してしまうわけで、そこにくっきりと線を引いたと言われるだろう。
では、そんな線があるのか、と言われれば、あるといえばあるし、ないといえばない。
飛行機から赤道や日付変更線を見下ろしても、そこには何の線もありはしない。だけど、その言葉や概念はあるし、そのように概念化している有用性だって当然あるわけなのだ。
だけれども、赤道で海や大地が分かれていたりしないように僕ら(彼ら)はつながっているのだ。
こんな但し書きはおまじないのようなものだ。
こんなことで言葉でこんがらかっているよりは、現物を見たほうが思わぬハッピーやラッキーと出会うだろう。

出会った僕の印象は、ダイヤモンドの原石がごろんごろん。
その無造作な(といっても、背後にもちろんいろいろな努力や個別の物語があるのだろうが)ごろごろ感がすごかった。
これは開けた途端に宝石も災厄も、いろいろなものが飛び出してくるパンドラの箱なのだ。
現代美術をやっている多くの人にとっては、これはあまり大きく開けはなってほしくない災厄の箱かもしれない。だって、生命力が溢れているんだもの。
自分で自分の首を絞めて窒息しそうになって遊んでいる連中は、ますます息苦しくなってしまうだろうさ。
そんなヤツらはどうだっていい。もっと大きく箱を開け放ってしまっても僕は全然かまわない。
この宝の山に出会いたまえ。
美術を志す人は、正しくうちのめされるがいい。
デザインをしている人は、色や形、エネルギーを盗みだせ(インスパイアっていうの?)。
お金がある人は、まことにすばらしいインテリアとしての美術品を現代美術の100分の1以下の値段で買うべきだ。
もし、広い白い壁のある家ならば、作品は本当にきれいなオーラを放つだろう。
そうして、誰の作品?　と聞かれたら正体を隠して相手の反応を見るのも楽しいだろう。
もっとお金がある人は、好きな作家の作品を買い占めたっていい。今はまだ投資対象としてもすごく魅力的だ。
そんなふうにみんなが目の色を変える日は遠くないだろう。
だって、この作品、海外だったら飛ぶように売れると思うもの。
もうパンドラの箱は開きかけている。
誰にも閉じることなんかできないのさ。

写真1　閉じて施錠された箱が二つ見える。これは秘密だが、その中には作家の好きな音楽を入れたテープが入っている、という。
写真2　1面に描かれているのは虫。ただ描かれただけではなく、この中に時間の経過と物語が秘められているという。左上の売約済みマークは、僕のもの♪
写真3　僕が見るところ、こういう動機をキャッチするためには、意識的でありすぎてはいけないのだ。
(写真提供はすべて中津川 浩章氏)
「工房集と仲間たち展」
開催中2月25日まで!　1時間くらいは十分楽しめます。
http://www.makiimasaru.com/mmfa/exhibition/2009/0206/index.html
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		<title>雪解けの河(1) Issey</title>
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		<pubDate>Tue, 10 Feb 2009 06:24:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Issey</dc:creator>
				<category><![CDATA[絵画]]></category>

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雄大なアラスカの山々から流れ出す雪解けの川の水は冷たい。
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		<title>『加山又造展』　様式化する才能　　村松恒平</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Feb 2009 09:01:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>村松 恒平</dc:creator>
				<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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【加山又造の表面と印象】
「なんという堅固な表面だろう。
加山又造、という偉大な表面は僕の視線をはね返す」
2004年まで存命であったこの大画家の生きた歴史について僕は何も知らない。
しかし、名前くらいは聞いたことがある。
その印象は次のようなものだ。
*日本画家として大家であるらしいこと。
*金や銀や赤をあざやかに使う。
*華やかで誰にも好かれる大胆でわかりやすい作品群。
作品はどこかで一つ二つ見たことがあったが、個展は初体験である。そんな作家を見て、ヘタうま大好きの僕は何を思うだろうか?
【いざ会場へ】
展覧会場に入ると、上記の加山又造ブランドの印象を裏打ちする大作が3点、ドンと一発かましてある。
特に正面はうねる銀色の波に浮かぶ銀の月。
ポップだけれど、伝統的で、華麗でありながらしっかりとした強さがある。
あまりに完成度が高すぎて、見ているほうは、「はぁ」とため息をつきながら素直に感心するより手がない。若いときの僕なら権威的なものを感じて本能的に反撥したであろう。
それが冒頭の「なんという堅固な表面だろう」という感想だった。
展示の第一章は動物。これが初期作品だが、様式化する志向と手法はもう始まっている。まだしも作家が作品へアプローチする動機をとらえやすい作品群ではあるが、作品の完成度にはすでに全然若描きらしいブレがない。
直観的でありながら、考え抜かれいて、作品のすみずみまで作家の意志が行き渡っている。若い作家にありがちな「こんなものでいいか」とよくわからないままに投げ出したという部分がない。
構想から、仕上げまで莫大な時間とエネルギーがかかっていると思うが、自分が納得するまで決して作品を手放さない画家だっただろう。その納得できるレベルの高さと、それを実現できる技量、才能、そして志がスケールを大きくしている。
才能天分、発想、構図、技法、ていねいさ、完璧主義、凝り性、採点すればオールAだろう。
僕はその奧にあるものが見たい、と目を凝らすけれども、太鼓をいくら叩いても、『加山又造』という完成した音しか鳴らない。
正体が見えないスタイルは音楽でいうと、井上陽水を思い出す。陽水もデビュー当時、心情を垂れ流す四畳半フォークやセンチメンタルな歌が流行るまっただ中で、ひとり、センチメンタルなようで、冗談とも取れるようなレトリカルでまったく正体を見せない歌を歌い続けてきた。
その歌はわかりやすく大衆的でありながら、どこか空虚であるから、かえっていつまでも腐らない。正体なんてものはあるのかないのかわからない。
表面にすべて現しているのだから、それ以上のものはない、と本人はいうだろう。
ヘタな人間は、歌でも絵でもなけなしの肉声を晒すしかないのだから、こういうタイプは憎たらしいモノである。
僕は加山又造という巨大な壁に手をつきながら、どこかに侵入経路はないかと探し続けた。そして、ふと、お得意の銀の波濤を見ていると、それが均一な線でないのに気づいた。
線と線の隙間が均一ではなく、線の太さも均一ではない。線に筆をついだ後も見える。それに気づいて、入り口の大作に戻ってみると、やはり同様に機械的に均等に引かれた線ではなくて、どこか安心したのである。
波濤を均等で機械的に見ていたのは、僕の眼と頭脳であって、加山又造はそのように線を引く必要を感じていなかった。あるいは、わざとそのような隙を残したのだろう。
音楽をコンピュータで打ち込むときに、ドラムは意図的にわずかにタイミングをずらさないと人間らしく聞こえない、と聞いたことがある。加山又造の能力と集中力を持ってすれば、もっと均等な線も引けたであろう。しかし、そうしないほうがいい、ということを加山は知っていたのだろう。
加山又造の展覧会に行って、人はどこを見るのだろう?
僕はそんなケチ臭いところをしみじみと見ていた。
もちろん、ほかのスゴいところだって見たけどね。
【様式化とは何か?】
加山又造の才能の最も偉大なところは、様式化する力にある。「祖父は絵師、父は京都西陣の和装図案家」というから、様式化するセンスというものが血肉化しているのである。
様式化とは何か、といえば、この場合2次元化する方法論である。
絵というものは、そもそも2次元なのであるから、あらゆる絵が2次元化されているのであるが、その方法にさまざまな特徴がある。
西洋絵画の場合は、遠近法というものに基づいてなんとか2次元の中に3次元を再現しようとした。
2次元でもこれだけ3次元で見えている視覚というものを再現できる、ということを主張しているのである。
しかし、加山又造の2次元は、3次元に対してそのような劣等感を持っていない。
3次元は単なる現実であり、それ以上の価値はない。
しかし、それを無理矢理に2次元に押しつぶしてみると、そこに生じるのは虚構であり、それが美的虚構である以上、3次元より優越しているという自信に満ちているのである。
虚構は現実に従属するのではなく、現実を素材にし、バネにして、異世界を作り出す。
星や月、海や空、大地や花、それを加山又造というプレス機でつぶすと、そこからはみ出ようとするモノやエネルギーたちは、さまさざまなシンボリックな色や線、記号となって噴出するのだ。
そのことの祝祭性が金や銀の特別な色の鮮やかさの中に定着されている。

【印象に残った作品、つまらなかった作品】
すごい作品はたくさんあるけれども、僕の印象に強く残ったのは、『奧入瀬』と『牡丹』。残念ながら2点とも使用可能な図版がない。
それだけ多くの見どころのある展覧会であり、この2点はたまたま僕の関心にヒットしたに過ぎないかもしれない。
『奧入瀬』は、横長の長大な屏風の右端から川が画面中央に向かって溢れるように流れだし、左端へと消えていく。屏風絵として初期の作品のようだが、この瀬を走る水の姿が千変万化して、まるで生きているようだ。
上流においては写実的であった水が、下流に向かって様式的な表現になっていく。
様式化の過渡的な部分がたいへんよくわかる。
この絵は好きだなあ。
『牡丹』は、遠近感を墨の濃淡であらわした作品。
黒とピンクががった白の大輪の牡丹が書かれて背後に、ほとんど墨のような色調で牡丹の葉が描かれている。
牡丹の葉は、花に近い前面のものはくっきりと描かれているが、奧まるほど靄がかかったようにぼやけていき、すぐにフェイドアウトしてしまう。
濃淡による独特の遠近法である。
こういう手法を開発するだけでなく、軽々とその最高峰まで仕上げてしまうところが凄い。
逆につまらなかったのは、裸体画。
得意の様式化の力が女性の裸体に対しては働かなかったように見える。
女性は一昔前のモデル顔で、陰毛は描かれているが、僕にとっては少しもセクシーではない。
女性のセクシーさや、生命力を描かないで、なぜ裸体を描きたかったのだろう?
あるいは人気画家としての地位があまり生々しい女体を描くことをためらわせたのか?
様式化するでもなく、ワイルドに描くでもなく、この画家には珍しく、非常に中途半端なところで苦しんでいるように見える。
本人が生きていたら、どういうつもりだったのか聞いてみたいところだ。
背景とか裸体以外の部分はすごいのですけどね。
それから、ペットっぽい猫。工芸品の意匠もつまらなかった。
工芸品、あまり欲しくならない。
しかし、欲しくないのは僕だけであって、こういうの見た途端に「はぁぁ」とため息をつき、売っているものなら買ってしまうおば様層、というのが僕の知らないどこかにいるような気がする。
なんか頭に「三越の外商部」という言葉が浮かぶ。
たぶん、僕なんかよりずっと加山又造がストライクゾーンな人たちがどこかに大量にいるに違いない。
もっと「正統かつ本流」風な人たち。

加山又造という人は、開拓者であり、冒険家であったといえると思う。
あまりに能力が高いために、つねに自分に難しい要求をつきつけ続けないと、自己模倣に陥ってしまう。
だから、いつも新しい領域に意欲を持っていたのだろう。
そして、あまりに様式化する力が強すぎるから、冒険であり開拓であったことは、世に出るとあっという間にオーソドクスに見えてしまうのだろう。
こういう大きな人を論じることは難しい。
僕が論じたところで世の中の加山又造の評価は、上がりも下がりもしない。
蟷螂の斧、というより、蟻が象の背中で鼻歌を唄っているという気分なのである。
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