雪解けの河(1) Issey

Posted on 2月 10, 2009

dscf2142-oaaoiie1u.jpg

雄大なアラスカの山々から流れ出す雪解けの川の水は冷たい。

Filed Under 絵画 | Leave a Comment

夕焼けの白く輝く滝 Iseey

Posted on 2月 3, 2009

dscf6659_biaeicouai.jpgとある滝の風景・・・・夕焼けなのに何故か白く輝く滝。

Filed Under 絵画 | Leave a Comment

幻想ヒマラヤ(1) Issey

Posted on 1月 27, 2009

d_6bauyoythyeya1.jpg

雄大なヒマラヤの山岳風景です。

Filed Under 絵画 | Leave a Comment

ロッキー山脈とわし Issey

Posted on 1月 27, 2009

yiyayiei.jpg

雄大なロッキー山脈を舞う一羽のわし・・・・。

Filed Under 絵画 | Leave a Comment

雪解けの河(1) Issey

Posted on 1月 26, 2009

dscf2142-oaaoiie1u.jpg

雄大なアラスカの山々から流れ出す雪解けの水は冷たい。

Filed Under 絵画 | Leave a Comment

ママによるアート 夢は夜開く 山條千穂

Posted on 2月 5, 2008

 「それにしても、いつ、つくっているの?」私の物づくりにおいて、一番多く投げかけられる質問です。

 3人の子を抱える毎日は、結構何かと忙しいものです。
朝の弁当作りから始まって朝食準備に洗濯に幼稚園に送り出した後は、買い物や雑用、気づけば、あっという間にお迎えの時間。午後は帰ってきた子供たちとの時間に追われてしまいます。

そいういうわけで、子供が寝静まってしまった夜にしか、物づくりの時間はとれません。
しかしながら、まだまだ添い寝をしたい幼子もいる身。こどもが寝付くまでと自分に言い聞かせて布団に入れば、一日の疲れがどっと出てしまい、一緒にぐっすりねむってしまうこともしばしば・・・。

そんな日々がしばらく続くと、作れないストレスがふつふつと。そして、作りたい気持ちは、日ごとに積もりに積もっていくのです。

そして、そんな状況の中、子供も何事もなくすやすやと寝てくれたとくれば・・・・
今宵が千載一遇のチャンス!!

アトリエがあるわけでもなく、寝る前にやっと子供たちと片付けたばかりの居間に、またごそごそ手芸材料やミシンを出してきてはのハンドメイドの時間です。
寝室と壁一枚隔てた場所での作業。頼むから起きてこないでよと祈るような気持ち、そんな弱気な気持ちでなく、そう、起きてもらっては絶対困る!とそんな気持ち。

そして、たまりにたまった何か作りたい病のおかげでモチベーション高く、そして今度いつ出来るかわからないという思いで、いやでも物づくりのテンションはあがります。

一刻一刻と睡眠時間が少なくなっていくとわかっていても、後数時間で、また早起きしてのお弁当作りが待っているとわかていても、せっかくのチャンス、物づくりはやめることができません。

完成して気がつけば、夜も白々と明けていく頃。
作品の出来は二の次!完成した!という大きな喜びでいっぱいの完全なる自己満足の世界を味わう幸せな時間も一瞬。そうもしていられません。慌てて、たとえ数時間でもレム睡眠・ノンレム睡眠よ、よろしくとばかりにすやすや眠る子供の布団に滑り込む私。

かくして、また朝の一日がはじまります。子供の登園時に会ったママ友達に「顔色が悪いわね。また昨日ハンドメイドをしていたでしょう。」すっかり見破られてしまう始末。

例えて言えば、鶴の恩返しのつるのように自分の羽をむしりながら、物づくりをしているに違いない私。
しかも加齢も進むお肌のかなり曲がり角にいながら、睡眠不足によるしわやくすみとひきかえに・・・・・。

しかし!そんなことに悩んでいたら、ママのアートは、遠ざかる一方、それでも、やっぱり物づくりをしたい!

また今宵も子供たちがぐっすり眠りについてくれることをてぐすね引いて待ち構え、ママのアートの夢開く、密やかな時間を楽しみにしている私です。

<そんな昨晩の作品>
20071022b-033bs.jpg
ママであっても、girlishな気持ちも、どこかで持ち続けたい。
アンティークレースに革素材など、お気に入りの素材を思いつくままコラージュ風に縫い付けて、バッグを制作しました。
20071022b-044b.jpg

Filed Under 作品 | Leave a Comment

ママによるア-トについて、私の場合。 山條千穂

Posted on 1月 22, 2008

子供が生まれて以来、ママになってみると、この世の中の景色が違って見えること、自分中心にまわっていた世の中が突然、子供中心に回っていくように感じられるという経験は子をなした母なら必ず味わう出来事だと思います。

抱いた新生児のおっぱいくさいその匂いが、どんなにいとおしい匂いであることか。
おっぱいを飲む新生児のウンチが意外にも、ご飯の炊きあがる時のあの香ばしい匂いにそっくりなこと。
何年も住みながら子を生むまで気づかなかった近所の公園にたわわになっているやまもも。その落ちた実を小さな手でつまんでいる幼子の目の輝きの美しいこと。
そして幼子が、みつけて欲しくない部屋の隅の埃を手につまみながら、美しいものをみつけた時同様、その目を輝かせていること。

いやおうなくやってきた子供目線の世界の始まり・・・。

美しいものから、とんでもないものまで、子を通して日々見せられ、感じさせられ、いろいろなことに敏感になる母の感性。

自分の足で歩み始めたこどもは、公園に落ちている木々を拾い集めて砂に延々と立てて遊ぶことに夢中、そして幼稚園に入れば、毎日のように帰りには手に握られている面白い形の石ころ、家の中でも、ゴミ箱の中から何かをつくるためにごみ箱をひっくり返す、そんなこどもの感性を目の当たりにする毎日。

へぇーーそんなものが・・・。へぇーーそんなふうに・・・。へぇーーそんなに好きなわけ・・・。

子供を喜ばせたい一心で、目を輝かせるおもちゃや絵本って何?素晴らしい環境を整えてやりたいなんてやっきになっていた時期もあったのですが、今では、どんなものを与えられるか、そしてこどもの美術教育なんてお堅いことではなく、子供の心に引っかかったものにのっかって、一緒に面白がって楽しんで・・・そんな毎日の繰り返し。

自分の幼い子供時代を振り返っても、何が一番楽しかったってそれは誰にも邪魔されないひとりの時間で、頭をフル回転して大真面目にいろいろ考えながら遊んだこと。

わが子をみていても然り。

自分の好きなことを、強烈に追求する3人のこども達に囲まれた生活をしているせいでしょうか。
依頼主さんから依頼を受けてその希望に添うように作ることが中心だった私の物づくりも
もっと自分の好きなことを自由に、子供と同じように自分の心を喜ばせるために追求したい!というと気持ちに変わっていきました。
そして今現在、自分の中では小さい頃から大好きな道具であったはさみを使って布を切って縫ったり貼ったりしていくという布絵が、何よりも一番大好きな物づくりなのです。

作っているときは完全に自己満足の世界ですが、拙い作品を目にとめてくれる人がいること、何よりもわが子がその制作過程をみたがり、そしてその出来上がりを喜んで眺めてくれることもおおいなる喜びです。

こんな自己流のアートな楽しみですが、若かりし頃、少しでも仕事として子供の幼児教育に携わった経験がある者として、そして3人の子をなして思い描くのは、いつしか何かこどもの心に届くようなメッセージを布絵や絵本などにして届けたい!という夢です。

アートの世界にどっぷりと活動してきたバリバリのアート系ご出身のママアーティストの方も世の中たくさんいらっしゃることでしょう。
かたやママとなり必然的に手作りをしなくてはならない場面に遭遇し、アートに目覚める方もきっとたくさんいらっしゃることでしょう。

私はあきらかに後者、しかも、首を突っ込みはじめたばかりのひよっこですがこのアートの世界を遅ればせながら、うんとこれからどっぷり味わってみたいと思っているママです。

芸術家の家でなく、身近にアーティストがいたわけではない私が育った環境のですが、日々のくらしのなかで、さいわいにも、幼い頃からアートを感じる心は存在しました。

DRAGON ART CREATOR’S REVIEW創刊の言葉にあります
「美は遠いところにあるのではありません。美は専門家のものでもありません。」

この言葉は、どんなにか今の私を励ましを与え、勇気付けてくれていることでしょう・・・・。

私自身も子供も、この生活の中で、すべての人誰しもが与えられているその人だけの感じ方、表現、感性というすばらしい賜物を大切にしていけたら・・・と何よりも思う毎日なのです。

1gatuno-nunoe-tako.jpg

20070122-069bup.jpg
20070323-69655b.jpg

Filed Under 作品 | Leave a Comment

長島義明写真展「ネズミのシッポをふんじゃった」

Posted on 12月 8, 2007

bw.jpg

「ネズミのシッポをふんじゃった」
ユーモアと大人のエスプリを感じる写真を選んでお見せします。
開催期間中に度々写真を入れ替えますので、何度来られてもそのつど、
新しい感動と笑いが得られることでしょう……….
展示作品は13点くらいですが、最終的には50枚以上を展示する予定です。
子年を迎え、新年早々ユーモア溢れる写真をお楽しみください。
                            長島義明
       2007年 12月10日~12月15日
       2008年 1月7日~2月29日

       ギャラリー&カフェ「閑花」
       住所  大阪市北区東天満1-12-2
       TEL&FAX 06-6353-8148

来年1月7日~2月29日まで閑花では「長島義明写真展」を開催します。
それに先がけ12月10日~12月15日の6日間も展示することにしました。
世界中を旅して撮られた、ちょっと不思議な?くすっと笑える写真……
さて、どんな写真を見せていただけるか来週が楽しみです。

そのご、閑花は12月16日~1月6日まで冬休です。

Filed Under 作品, 展覧会 | Leave a Comment

枯山水『山河』 村松恒平

Posted on 5月 20, 2007

img_0921.JPG

日本人には、「見立て」という遊びがある。遊び、といって軽すぎれば美学とでもいえばいいのだろうけれど、僕にとってはそれは重くもなければ軽くもない「遊び」なのだった。

たとえば、盆栽。
盆栽を、鉢に入ったミニな樹木としてではではなく、数百年、千年の風雪に耐えた老木の姿として見るのが見立てである。

これは、象徴という作用をめぐる遊びなのであって、必ずしも精巧なミニチュアである必要はない。たとえば、枯山水の岩を大きな島に見立てる場合、岩が岩として見えることは差し支えない。

演劇においてブレヒトは異化効果ということを提唱した。
異化効果についてネットで検索すると解釈にバラつきがあるように見受けられるが、僕の理解するところでは、以下のようなものである。
観客を演劇の物語の中に没入させない。
感情移入し没入することを同化と呼ぶなら、それを覚ますことが異化である。
そもそも同化がなければ劇は成立しないが、ときどきその同化に水を差すことで、観客に劇を見ている自分というものを意識させるのが異化効果である。

岩が岩に見えてしまう、ということは、異化効果である。
つまり、島に見立てた岩が、次の瞬間に岩に戻ることで、人はそこに付与された物語に同調することから自身に戻る。
見ている自分自身に戻ることになる。
同化と異化。
鑑賞者はこの往復を繰り返すことになる。
瞬時に無限回も岩と島とを往還することで、人は両者を同時に見る。あるいは、その両者の中間を見る、という不思議な境域に立つことになる。
これは自他の間の往復運動であって、すでに「悟り」の模型なのである。

美術の世界には、このような見立てがたくさんある。
ある美術館で見た棟方志功の風景画作品にあった樹木は印象深かった。墨で三本の横棒を書き、これを縦棒が貫く。「木」という文字以上に単純素朴である。猛烈な速度で書かれたとわかる数十本の木々。あまりに簡素で乱暴とさえいえそうな表現が、書かれたときの勢いを感じさせるが、またこれが見方によっては見事に樹木なのである。

あるいは、太い筆で何の迷いもなく引かれたピカソの描線。それが描かれたものの実体をわしづかみのように捉えていると同時に、ピカソがそれを描いた瞬間の気合いの凍結でもある。
鑑賞者は自分が絵を見ているということを決して忘れることはできないが、同時に描かれた何かを見ているのである。

禅機は、すでにそこにある。そういう単純なところからつながっている。

リアリズム絵画の多くに僕が魅力を感じないのは、こういう両義性に対する感覚に鈍感なものが多いからだ。しかし、ここではその論には深く立ち入らない。

さて、枯山水というものは、宇宙や大海を一つの象徴の小宇宙の中に見出す遊びである。京都のお寺の境内などに、数平米から数十平米の庭をこしらえてある。
しかし、この「枯山水 山河」という僕の小さな作品は、ハガキサイズである。持ち運べる小宇宙。テーブルの上に山河あり。
この作品は、近く売りたいのだが、一体宇宙にいくらの値をつけるべきか。

このような象徴とは、大宇宙を小宇宙に集約するものである。
これは、人の心の機能そのものであり、言葉の機能の一つでもあるということがよく考えてみるとわかるだろう。
大宇宙を小宇宙に集約できるのなら、その象徴の操作を通じて、大宇宙を操作する回路を開くこともできる。
これが象徴主義の本質な考え方である。
A・ランボオの『言葉の錬金術』という言葉が示すような魔術的な回路へとつながっていく力学なのである。

Filed Under 作品 | Leave a Comment

作品 [秋田スカイホテルの風呂場]生島国宜

Posted on 4月 8, 2007

生島国宜
2005年のことである。私はアルバイトで某会社の全国展示会ツアーにくっついて日本中を回っていた。5つめか6つめの現場が秋田だった。全国ツアーが始まって2ヶ月程が経っており、その間自宅にほとんど帰れなかった私は、秋田では疲れきっていた。そこに用意されていたホテルのユニットバスは全面肉々しいピンク色で、私はその浴槽に浸かって、まったく疲労から回復しない自分の体を感じていた。ぬるま湯の中で、だんだん無心になっていったわけだけれど、ふと私は思った。このユニットバスの色はおかしい。いや、すごい。それから室内の写真を撮ったり、普段は滅多にやらないスケッチなんかをしてその景色を記憶するように努めた。全国ツアーはその後3ヶ月続いた。ツアー中に体が慣れ、異様な程体力のついた私は、ツアー後にこの絵を描いた。あのやたら肉々しいピンクのためにあれこれ描いているうちに、絵はどんどん大きくなっていき、こういう作品が出来上がった。

作品サイズ/1790×1505mm。素材/クラフト紙、ケント紙、トレーシングペーパー、アクリル絵の具、木炭。2005年作品

Filed Under 作品 | Leave a Comment

DRAGON ART CREATOR’S REVIEW • Powered by WP • Management by Kouhei Muramatsu • Logo&Icon Kintaro Takahashi