あずかりキノコ 村松恒平

Posted on 8月 7, 2009

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ごぶさたです。

アーティストの山下若葉さんの作品、先日屋上に預かりました。
キノコ。

何でできているでしょう?

髪の毛です。

すごいでしょう。
インパクトはワールドクラス。

部屋が狭くて置いておけない捨ててしまう、というから、それはあまりにもったいない。
誰か買い手がつくまで預かりましょう、といいました。

ほしい方いますか?
将来何千万になるかもしれませんが、今は……交渉しだいです。

カフェバーなどのインテリアにも最適……ではないでしょうか?

関心がある方はご連絡ください。

最近投稿ないのでさみしいです。
僕は最近、こんなことしています。

『心が大事』

http://kokorogadaiji.jugem.jp/

またね。

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芸術日記// 美しい…    村松恒平

Posted on 8月 2, 2007

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昨日は、「京都五山 禅の文化展」へ。
地味ぃ。禅僧は意外に字が下手くそである。
こんなヘタな字と坊主の肖像ばかりをありがたそうに展示されてもしょうがない。

仏像には、国宝とかいいものもあるが。せっかく禅なのだから、十牛図とか、もっと行に使う図案なんかを見せてくれないのか。レストランで言ったら<まかない飯>みたいなのにおいしいのが隠されている気がする。
解説も地道なばかりでエピソードもなく、ちっとも面白くない。
禅が面白いのはエピソードと公案や行でしょう。
この機会に仏教の本質を広めようという姿勢は寺のほうに皆無だね。
そんなことをしなくても観光客で儲かっているから十分なのだろう。
ないものねだりをしても仕方ない。京都でも格式の高い寺を相手にするのは難しそうだ。キュレーターさんもさぞたいへんだったでしょう。……などということばかり考える。

その後。
高橋キンタローが会心のプロデュースという「志水児玉展」へ。伊藤寛明さんが【DRAGON ART】でも紹介済みなので、細かいことは省くが冷房の利いた部屋でしばし瞑想に近い時間。
宇宙の生成もこのようなものであるかもしれない、などと、純粋なイメージと戯れる。

その後。
同ビル2階の森岡書店で。
予定外に唐突に出会いました。
佐藤貢の作品。
いろいろな人に紹介したく、僕としては珍しく写真を撮りました。
これ大好き。
美を貫く純粋な原理。
この世のものならぬ明澄な光。
野蛮にして、はかないものたち。
見るべし。8月25日まで。

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森岡書店

http://www.moriokashoten.com/?mode=cate&cbid=161270&csid=0

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ドラゴンの饗宴なのだ!

Posted on 7月 10, 2007

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【DRAGON ART】も、7月8日で創刊3か月。オフ会なのだ。
やはり芸術はリアルミーティングに限るのである。
今回は、アーティスティックな料理をケータリングをしてくれる美人料理人がいて、すごい饗宴となりました。

そして、ぷろれたり・アートは、安く楽しむべし、という理念のもと、じつに8時間にわたって、おおいに食べ、飲み、語らって、会費2,000円。日本一のコストパフォーマンス。ぷろれたり・アートの底力を見せつけた!

万国のぷろれたり・アート、団結せよ!
おいしいものを作り、食べ、飲み、愛と芸術について語り合おう!

【DRAGON ART】も紙媒体がんばる!

**
当日のメニュ

*焼き茄子の生ハム巻冷菜 コンソメ鰹節のゼリー寄せ
*鶏肉と人参のバジル煮込み
*皮付き豚肉の塩ゆで アンチョビと生卵のディップ・カシス入りマスタード・生野菜添え 
(生野菜 ローメインレタス 青唐辛子 ヤングコーン 青じそ)
*生トマトと豆腐のモッツァレラ風
*ポテトサラダ紅白2種
赤 ビーツ入りピンクサラダ
白 うずらの卵
*あさつきとガーリックオイルのソーメンチャンプル
*浅蜊と金目鯛のアクアパッツァ~魚沼産こしひかりの黄金のパエーリア
*フランスパン2種とクリームチーズ
*茶豆

*果実 パイナップル 巨峰 スイカ

お酒 メインは薩摩焼酎 [白金の露 黒]

他に、差し入れ (くじらのタレ 浅蜊の佃煮 するめ クッキーなど あり)

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写真は
*乾杯直後の美しいテーブル上と料理人上腕部
*浅蜊と金目鯛のアクアパッツァ~魚沼産こしひかりの黄金のパエーリア

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芸術日記■会田誠・山口晃展『アートで候』と『金と芸術』なぜアーティストは貧乏なのか? シンポジウム 村松恒平

Posted on 6月 7, 2007

昨日はタイトルの展覧会とシンポジウムをはしごして、その後飲んだ。
これは、僕の提唱する「アート&飲み」の一環である。芸術は本来、酩酊的、陶酔的なものである。
芸術を摂取したときには脳内麻薬をどはどばと出さなければいけない。そういうときに出た脳内麻薬が、ぱさぱさと乾いたこの社会を毒する…、いやインスパイアしていくのである。
ミュージシャンがドラッグをやるのは、そういうわけである。本来、アートはしらふではいけない。しかし、非合法なことはたいへんなので、せめて芸術の後で、合法的にアルコールを摂取するわけである。
展覧会を見た後で、小指をピンと立てて紅茶を飲み、「マルセル・デュシャンは…」とか、「去年バーゼルに訪れたときには」とか、そういう話をしてはいけないのである。

さて、日記というスタイルで書くのは、三つ訳がある。
一つは、投稿が少ないのである。しかし、日記なら誰でも書ける。安易に書きやすいだろう、ということだ。
次に二つ見に行ったので、二つの原稿を書くのはめんどいのである。
第三に、雑感的なことしか浮かばないからである。

さて。

『アートで候』展は、面白かった。面白かった、というのは芸術的知的に面白かっただけではなくて、2.3カ所で実際に可笑しくて噴いたのである。
最初は少し構えていたのである。山口晃氏という作家は、印刷物で見ると、テクニックをもてあまして、計算ずくでああいう絵を選択して描いているのかな、という先入観があった。しかし、実際に多くの作品を観ると、「絵を描きたい」という非常に強いモチベーションがあって、それがあの形に結晶しているということがわかる。
大きな絵でも細部まで緻密に表情豊かに描きこんである。小さく描かれた一人一人の人物の表情を確認してほしい。その愛情と才能と技量と時間とエネルギーが一枚の絵のすみずみにまで、まんべんなく行き渡っている。
北斎とか見たときに近い。うまくてあまりつっこみどころがない。じっと細部を見ようとすると、見るだけで膨大な作業になり、ぼうっとしてしまう。

ところが一方で、そういう綿密な仕事ぶりをひっくり返すような、隙だらけの構え、というのがあって、あぁ、現代の作家だなあ、と思うのであった。そのバンクっぷりも潔い。
とくに最近、茶道のことをよく考えるので、「茶室」はツボに入った。これはすばらしい。
通りがかったおじさんが「ハト小屋?」と聞いてきた。
パンフレットでは、本人が「『きれいさび』な気分で作った」と言っている(笑)。きれいさびかどうか、みなさんの判断にお任せしたい。

会田誠氏のほうが、ぶっちゃけぶりは先輩なのであろう。というより、とっちらかっていると言ってもいい。
『滝の絵』という大作があって、これは、数えてみたら40人強のスクール水着の美少女が無邪気に滝の流れの中で水と戯れている。僕はロリ趣味はあまりないけれども、1人1人が個性のある表情の美少女揃いで、しかもポーズも全員違う。
1人ずつ描いても売れると思うが、それを40人も描いてしまうところが、贅沢である。しかも、美少女群を堪能したあと、滝と渓流に目をやると、これがまた見事な描写なのである。
この贅沢さに僕は伊勢海老カレーを思い出した(まだ食べたことはないが)。
展示には、その近くに、日本のゼロ戦がニューヨークを攻撃する絵や、「題知らず」という原爆ドームを描いた絵がある、という具合だ。
そこに過剰な意味づけをすれば、作者の術中にはまる。
いや、意味づけすることもできずにそこに立っているということもまた作者の術中であろう。

中井英夫という作家に『虚無への供物』という推理小説があるが(これは分厚い本で、4章に分かれているが、それぞれの章に事件の別の解決がある、という奇怪な大作なのだ)、芸術が『虚無への供物』だとすると、この二人の作家は、もったいないほど盛りだくさんの供物を捧げることによって、その虚無を強調する、というスタイルなのである。
しかも、その過剰な努力の量で武装することなく、超脱力系の作品と併置してくることで、その蕩尽性は、見る者を不思議な感覚に宙吊りにする(評論家みたいな言い方!)

主催者の挨拶文には、要するに「村上隆の次に金になるのは、この二人だ。注目せよ」、という意味のことが書いてある。パンフレットの最後には、二人の作品をたぶん、ただならぬお金を使って買い集めている精神科医のコレクターが文を寄せている。
この展覧会では、この人たちもじつは批評されちゃっている、という構造なのにまるで気づいていない様子なのが面白い。

とにかく、切れ味のいい悪戯っ気に満ちて、でも、その根底に真剣さも痛切さもある面白い展覧会であった。
この二人が現代日本を代表する作家、ということで、僕も異議はない。

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展覧会のことを書いたら、シンポジウムはどうでもよくなってしまった。
テーマは関心があるが、とにかく、三時間は長い。この程度の内容なら、一時間半くらいで済ませてほしい。

芸術の直線と金の直線は、数学でいうと、「ねじれの位置」にある(中学の数学でなぜかこういう不思議な言葉で習ったのだ)。接点があるのがむしろ例外なのである。
芸術は精神において自律的、自立的であることに本質がある。
しかし、経済というレイヤーでみれば、自立なんかするわけないのである。それを混同しているような発言があった。
あげられる事例には、いくつか面白いものがあったが、もう少し本質的な議論をしなければ何も変わらない。
しかし、ここで批判してもあまり意味がないだろう。

仕方がないので、パネリストの似顔絵を載せることにする(退屈な授業中のようにたくさん絵を描いてしまった)。

上記の展覧会とシンポジウムで感じたことは、『芸術はお金を超越する』という単純な結論である。
それは、イデアにすぎない。
しかし、そういうイデアと、アーティストの現実論を混同して語るのはよろしくない。

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『アートで候』   行くべし!
http://www.ueno-mori.org/special/aida_yamaguchi/

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