本間泉展 天才、本間泉の「幻視力エンジン」、銀座のギャラリーで初開花♪

Posted on 9月 2, 2013

本間泉が初個展を開く。
これは事件にしないといけない。
事件にするかどうかは最終的に世間が決めることだが、ある透明な領域において、これはすでに事件だ。

僕が本間泉と初めて出会ったのは、ある展示&合評会の場だった。
作品をめぐって作者が短い説明をし、そのあと、会場からの質疑や感想が飛び交うスタイルで進んでいた。
ところが、本間の夢幻的な空間を描いた絵画に対しては、感想も質問もない沈黙があった。
僕は「この幻想的な絵画には、夢の遠近法のようなものがあって、その奥行きの中に本当に入っていけそうな魅力がある」と言った。
それで活発な議論が始まった。

この発言で、僕と本間は出会った。
このときの感覚は今も少しも変わらない。
本間の奔放なイマジネーションには、内的な生命感覚がある。
内に秘めた内的な生命から、次々に色や形が展開していく。
その名のように泉のように無限に生まれていく。
仏を作ってから、なんとかそこに魂が宿らないかと待ちぼうけるような現代美術、抽象絵画とはまるで違う。

幻視力絵画なのである。
原子力は終わり、幻視力の時代が始まる。
「視えないものは去れ」。
芸術は今そのように宣言しなければならない。

童話の「みどりのゆび」のように、本間は触れるものすべてを生命化してしまう。
最近「デジカメで写真を撮るのが面白い」と言っていたが、その写真を見せてもらうと、最初から本間泉の世界であった。
カメラという媒体の特性を研究するでもなく、技術を積み重ねるでもなく、いきなり触れた途端に世界の磁場が変わって作品に変質してしまう。

今回、残念ながら写真の出展はない。
絵画だけでも驚くほど多産なのだ。
最近の作品を削ぎ落として、送った点数が約40点(本間は新潟村上在住)。
それだけでも、展示しきれなかった。
多産であって、多様。
作風はつねに驚くほど変幻するが、本質は安定している。

隠れた幻視者は日本中、世界中にいるはずだ。
しかし、本間ほど大胆で躊躇いも恐怖もなくその中に歩みいる者はいない。
手で触れたものをいとも簡単に変容させてしまう者はいない。
天才の所以である。

本間泉は、そのような1人の旗手なのである。

天才が世に出ないことは多々あることだ。
今の日本にどれだけ視みえないものを視る人々がいるか。

「境界。しんとした広がりに、さざめくもの。命の音。」

これは本間自身が展示につけた美しい言葉だ。

小さく透明な波紋はもう広がっている。
幻視力エンジンを備えた天才のデビューにぜひ立ち会ってほしい。

(文責・村松恒平)

2013.9.2〜9.7
Gallery K 〒104-0031東京都中央区京橋3-9-7京橋ポイントビル4F Tel/Fax.03-3563-4578 galleryk@nifty.com http://homepage3.nifty.com/galleryk

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本間泉、生成するイメージの王国の王女

Posted on 3月 5, 2011

絵というのは、キャンバスに絵の具をなすりつけたもの、という言い方がある。物理的にいえば、その通りだ。

それがあるとき、抗いがたい磁力を持って、僕たちを惹き付ける。あるいは所有したいと激しい欲望を起こさせる。

そこにはすでに魔術や錬金術という名に値するプロセスがある、というのが僕の考えだ。

そこに何があるか、物理的にも科学的にも説明しようがないのであるから。ある説明を加え得たとしても、それは言葉に過ぎない。その説明を聞くことで、人は芸術の持つ磁力との直接のふれあいを断念するのだ。

美術館で、解説を読んだり聞いたりすることに一生懸命になれば、作品との交流にはエネルギーが回らなくなる。

解説は理解の糸口にはなる。ある作品の理解が扉を開ける行為だとすれば、解説が小さな扉をあけてくれることがある。しかし、それは限られたいくつかの部屋の入り口でしかない。

多面的な知識を得れば、いろいろな入り口が作品に入れる。そういう観点に立てば、学者や物知りがいちばん絵を理解していることになる。

しかし、絵を見て、感動するということになると、物知りも何も知らない人も対等であろうと僕は思う。

ものすごく知識があっても、心を動かさない人もいれば、何も知らないで絵を見て泣き出してしまう人もいるだろう。それは人の中で感受する場所が三段階あるのだ。頭脳、心、魂。頭脳で感受してしまえば、心は頭脳のフィルターを通ったものしか受け取らない。

あー、前置きがいくらでも長くなってしまう。

つまり、ここに掲げる写真の3枚の絵の前に虚心で立ってほしい、ということ。
言葉に翻訳しようもない何かと確実に交流できる絵だということ。

大きな美術館の印象派や有名画家の展覧会はおおぜいの人が並ぶけれどもね。その何千分の1の人たちでいいから、自分の感覚で動く人たちがいてほしい。
そうでないと日本の若い作家が勇気づけられない。

僕はこの絵を初めて見たとき、不思議な奥行きに惹かれたんだ。どこまでも心が入っていけるスペースがあるような。どこまで入っていっても次つぎにイメージが生成されてくる現場いるような感覚。

リアリティというような言葉ではなくて、この場所が実在しているのに届かないようなもどかしさを感じるのだ。

作者の本間泉さんは、じつは多層視覚を持っている。現実のものごとが見える以外に、つねに別の色彩を見ている。
色が見えているということは、当然ある形状が見えているということで、それは人や物のオーラのようなものかもしれない。

だけれども、それでオーラのようにあれこれ判断したり、神様が見えたりはしないようだ。ただ色が静かにたゆったっている世界に彼女は生きている。

その世界を覗かせてもらうわけにはいかないが、彼女の作品を僕らは見ることができる。

**
これは「本間泉×谷本光隆 二人展」に展示中の作品。
他にコラージュもある。

谷本光隆さんの作品も水準高い。
僕は以前に二人とも作品買ったものね。
会期が長いのでお近くに行かれる方はぜひ!

スピリチュアル・ワールド~存在の表現展 vol.2
2011年2月26日(土)~ 3月27日(日) 

A/A gallery(アーツ千代田3331内)

http://www.ableart.org/

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アウトサイダー・アートの勧め

Posted on 1月 19, 2011

今、川口市の4つのギャラリーで「アートが生まれる場所」という展示をしています。1月23日の日曜日までです。
全国の障害者のアート工房の中でも筋金入り?の工房からのすぐれた作家の作品が一堂に会しています(川口市長がたいへんにアートの理解があるようです)。
すごい作品がたくさんありますが、すべて(たいがい?)無料で見られます。

「アートが生まれる場所」
http://www.kumalog.jp/recommend/2011_01_13_07.cfm

僕はこの4か所のうちの川口駅から徒歩8分のアトリアというところで展示の手伝いをしました。
展示の監督は中津川 浩章さんという現代美術家で、東浦和の『工房 集』というところで、ずっと障害者に美術の指導をしています。
僕もたいへん懇意にさせていただいている、というか、飲み友だちというか、機会あるごとに美術について語り合ったり、教えてもらったりしている方です。

アトリアの中でも、立体の展示は、重たい陶器などの現物をああでもないこうでもないと動かしながら決めたものです。もしアトリアに行く方がいたら、これに村松が関わっているのか、と思ってみてください♪

機会がある方はぜひこれを見ていただきたいのです。
そうしないと、この後に書くアウトサイダー・アートの総論は、実感としてわからないだろうと思います。

**

さて、アウトサイダー・アートです。
最近は、フランス語でアール・ブリュット(生の芸術)と呼んだりします。起源やニュアンスは違うのでしょうが、日本での実態は同じなので、僕はどちらでもいいなと思っています。
障害者が関わっているので、差別的ではないか、と配慮して腰が引け出すとどこまでも名前を変えていきたくなってしまうでしょう。そういう配慮ってキリがないのです。
ジャンパーがいつのまにかブルゾンと呼ばれるようになっていたみたいな変化はあまり僕は敏感について行きたくないのです。
ネットで調べた限りでは、どちらの言葉も、障害者のアートという意味の他に、専門的な美術教育を受けていない者のアート、というより広汎な意味があります。
そういう意味では、僕が絵を描いても、陶器を作ってもアウトサイダー・アーティストなので、まあ、ライバルのようなものです。
ピカソは親友(マブダチ)、アウトサイダーはライバル、というのが僕の立場です。

さて、名称についてはそれくらいにして、中津川さんと親しくなって工房集に行ったり、集のアーティストたちの展示を見て、最初に感じたことは、「彼らも作家なんだな」ということでした。
それまでは、「障害がある人は特殊な感受性を持っているようだから、障害のない人と比べたらズルいのかな」くらいに思っていたのです。

けれども、彼らの作品の現物を見ているうちに、そういう分け隔てする感覚が薄れてきたのです。

優れた作品は優れた作品でしかありません。彼らの中でも才能のあるなしもあるし、努力の量もあります。
描き続けていくうちに、より本質に近づき、洗練されていく面もあります。

彼らが特殊な感受性を持っていると思っていたと書きましたが、じつは感受性自体は同じなのです。

何が違うかというと、(以下の文は僕の少ない経験から観察し総合するところです。若干の例外があっても勘弁してください)こだわりですね。
関心のレンジが狭いのです。おなじ種類の絵を何枚もずっと描き続けます。
そして、それに倦むということがありません。
僕もA4ほどの板に虫の絵を細かく何百もぎっしりと描いたものを買いましたが、最初の虫も最後の虫も、同じテンション、同じモチベーションで描いているのです。
常人(こういう語彙も避けたくないのです)であれば、絶対に飽きてしまいます。それはどういうことかというと、虫を描くというのが意味になってしまうのです。
途中で「まだまだたくさん描かなければ……」と思うと、僕たちであれば、自動的に省略モードに入って、ペンの速度が速くなったり、線が乱暴になったりしてしまいます。
また作品として全体を眺め渡して、構成を考えたり、違うやり方を考えたりもします。
芸術というのは、言葉的な意味を超えるところに存在するのですが、そのような効率を考えたモードになったときに、意味が入り込んでしまいます。
なぜなら、効率というのは意味だからです。

構成ということをいいましたが、彼らには作品意識というものも当面ありません。

できあがりをああしようこうしようと考えていません。ただ描き始めてあるところで描き終わります。

ところが自然にその中の空間が整っていき、作品としてすごくいい感じになっていくのです。

こういうのが絵なんだ、美術なんだ、作品なんだ、という概念があってそれに似せるというところがないので意味にとらわれることがないのです。

美大の学生さんの作品にはよく、「コレってソレっぽくない?」と聞かれているような気にさせるものがありますが、そういのは、皆無なわけです。

そういう意味のくびきから解放された世界に、個性や才能の花が開くわけです。

彼らはおおむね一つの傾向の作品を作り続けますから、そのテクニックは洗練され、高度に習熟していきます。
テクニックといっても、その作品を作るためのテクニックであって、汎用性はありません。自分でやり続けることによって次第に洗練されるのです。

日本の美術の専門教育は、デッサンというすべて一律の西洋絵画の技術を身につけてから、それぞれの個性を開花させようとするのですが、僕は純粋な芸術という観点からいうと、それはおかしいだろう、と思っています。
しかし、そのことは他の原稿に書いたと思うので、ここには書きません。

まあ、論より証拠、この機会にぜひ見てください。
僕が何を言っているか、一目瞭然にわかるはずです。

美しいものにたくさん出会えます。

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「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」レビュー  村松恒平

Posted on 2月 12, 2010

朝青龍は、我々には永遠に読み解けない詩であった。
それは、「力」という名の詩である。

『チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展』を見に行ったのは、モンゴルの大横綱朝青龍の引退表明の3日前だった。場所は奇しくも両国・江戸東京博物館である。

何か懐かしいような異国、モンゴルについて、僕は何を知っているだろうか?

巻上公一さんに少しだけ習ったホーミーや、三枝彩子さんの歌で聴いたオルティンドー。

モンゴルを訪れた友人が、「向こうの犬は大きくて獰猛で狼のようだった。いや、狼なんか噛み殺しそうだった」と語ったこと。

そして、世界を支配下におさめるかに見えたチンギス・ハーン。
モンゴル帝国はチンギス・ハーン一代で、世界人口の半分をその支配下に治めたという。

獰猛で果敢で速度と力に満ちて、情報戦にすぐれ、ひれ伏し帰順するものは許すが、少しでも逆らうものは何の躊躇もなく皆殺しにする超軍事国家。
モンゴルは13世紀に猛威をふるった。

それを残虐と指摘することは、虎や獅子に向かって、お前は残酷だというのに似ている。

しかし、虎や獅子も空腹でなければ獲物を襲わないというが、モンゴル帝国はあくまで飢えていた。とどまるところを知らない業火のように激しく領土を拡大していった。
彼らは、その力を持って世界の果てを見極めたいと願ったのか。

しかし、その領土は彼らの治世の観念と能力を超えて急拡大したためにあっという間に四分五裂して、消滅した(いや、彼らならずとも、これだけの急拡大は支えられないであろうけれども)

いや、僕はモンゴルを知らない。
ここに書いているのは、正確な史実ではなくて、僕の中のモンゴル帝国といっておいたほうがよかろう。
そのモンゴル帝国にとって、至宝とは何だろう? というのが今回の興味だ。

パオに住んで遊牧する民。仮借なく騎馬で侵略し征服する民。
たとえば、異国の宮廷に踏み込んで、略奪するときにも、彼らを内から突き動かす力と速度からすれば、そこは見すぼらしい小屋と同様の通過点に過ぎなかったのではないか?

*

思った通り、展示には、たとえば、フランスの王女様がしているようなきらびやかで精妙な宝石を使った細工物などはない。
美しい女性の装身具があるにしても、もっと、野趣に満ちて骨太なのである。
そのように考えると、西洋の美術は静かな室内でじっと鑑賞するように作られているとわかる。

それよりも、目を引くのは男性的なもの、実際的なもの、軍事関係の文物である。
鏑矢の鏃などを見ると、その音が聞いてみたいと思う。
たぶん、僕ら日本人が鏑矢と聞いて想像するような、のどかで情緒的な音ではなく、モンゴルのどこまでも広い地平線に鳴り響くほど大きな音が鳴るのではないだろうか。
銅の鏃も音もなくすばやく飛んで、殺傷力が高そうだ。
鏃を通じて、よく訓練された屈強な兵士がいっせいに矢を放つ光景が浮かんでくる。

パオをそのままに乗せて、たくさんの牛に引かせる威風堂々の戦車の模型とか、投石機とか、何かふと血腥い乾いた風が吹くような物たちがいろいろ想像を広げさせる。

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極めつけは、写真の◆龍が彫ってある王座(一級文物) 清代 内モンゴル博物院蔵だ。写真は正面からだからわかりにくいけれども、大きな鹿の角を逆さに使った肘掛けは、鋭い先端が正面に向けて突き出していて、じつにかっこいい。
ギーガーの元祖のようなパワーも感じるし、マッドマックスや暴走族の美意識を百倍くらい高貴にしたらこうなるかもしれない。
荒々しいけれども、一分の隙もない。
これはすごい。

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それから◆大威徳金剛の面 清代 内モンゴル博物院蔵
個人的にこれも気に入った。

色合いといい、三つ目であることといい、わが守護神的作品、悪夢バスターとあきらかに血縁があるように思われる。

20100212_thumbnail.jpg

大威徳金剛の面には、5つの髑髏がついている。髑髏までは及ばなかった。
この髑髏は魔除けであるとともに、敗者の屍をさらして威を誇るものだろう。

そういえば、草原では戦争に負けた相手の生首を子どもたちがクリケットのボールにして遊ぶ、という物語の描写をどこかで読んだ。

わが内なるモンゴルでは、生も死もどこまでも乾いている。
湿った心情の居場所はない。
この展覧会を見ると、日本にはない猛々しい詩情が心をよぎっていくのである。

「チンギス・ハーンとモンゴルの至宝展」
http://www.mongolten.com/
2010年2月2日から4月11日まで

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Art Project Studies  アートプロジェクトって一体なんだろう?

Posted on 6月 1, 2009

アーティストとして参加 in sapporo来場者(観客)としての参加 in niigataサポートスタッフとしての参加 in yamaguchi「Art Project Studies」プレスリリース 
アートプロジェクトって一体なんだろう? 参加者の立場から作ったアートプロジェクトについての展覧会。
~作品展示 ドキュメント報告 トークイベント~

この度は私たちが開催する展覧会「Art Project Studies」のお知らせをしたく投稿させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

「Art Project Studies」とは、
現在全国に100カ所以上あり地域市民とアーティストによって作られる通常のアートの展覧会ではない
”アートプロジェクト”を学ぶために企画しました。
この展覧会は東京芸術大学中村政人研究室修士2年が企画・運営を行っています。
わたしたちは、制作を勉強しアーティストを志すものですが、今回アートプロジェクトを通して芸術を学ぶために、
アートプロジェクトの参加者(サポートスタッフ、来場者、参加アーティスト)の役割を分担し
「アートプロジェクトとは一体何なのか」ということを考えます。
一見わかりにくく、どのような仕組みなのかが見えづらいアートプロジェクトを
初めての人でも上級者の人でも楽しめる展覧会を行いたいと思います。

◇展示内容◇

◆Art Project File
全国のアートプロジェクト一覧 表や、私たちの体験レポートを 公開します。
参加者、来場者からアートプロジェクトはどのように見えているのか?アートプロジェクト主催者の方、必見です!
また2008年から全国のアート プロジェクトのチラシやDMな ど東京では入手困難な情報満載 です。

◆Art Project Document 09
アートプロジェクトに関わるさまざまな人のインタビューによって作られる映像作品
アートプロジェクトのこれまでの流れや、地域においてどのようなことが背景となり、人々はアートプロジェクトに行うのでしょうか?
インタビュー対象者(あいうえお順)
○アサダワタル氏大阪 築港ARC代表 ○雨森信氏 NPO法人 remo 理事
○加藤種男氏 アサヒビール芸術文化財団事務局長  ○木ノ下智恵子氏 大阪大学コミュニケーションデザイン センター特任講師
○芹沢高志氏 都市・地域計画家  ○中西美穂氏 NPO 大阪アーツアポリア代表
○中村政人氏 アーティスト コマンドN代表    ○田中佐和子氏 越後妻有ボランティアスタッフ
○橋本敏子氏 生活環境文化研究所/文化農場代表取締役  ○原久子氏 フリーアートプロデューサー       
○原田真千子氏  秋吉台国際芸術村企画主任
など他多数予定。

◆たった一人の アートプロジェクト!
東京神田の街KANDA DA内で3 週間という短い期間内に、これ までアートプロジェクトを学ん だことを生かし、たった一人で
アートプロジェクトを作ること を試みます。

◆アートプロジェクトショー
北海道徳島の2ヶ所で参加したアートプロジェクトの 滞在先で制作した作品をKANDADAで新 たに展開します。

展覧会名称: ArtProject Studies (アートプロジェクトスタディース)
開催日時 : 2009年6月27日(土)~7月11日(土)
会場   : プロジェクトスペースKANDADA
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-9 精興社1F tel 03-3518-6176 fax 03-3518-6177
参加料  : 200 円
主催 :  東京芸術大学中村政人研究室  協力:  アーティストイニシアティブ コマンドN
企画/運営: 東京芸術大学中村政人研究室修士2年 栗原良彰 國盛麻衣佳 ズミスロブスカ・アンナ・アリチャ 三輪まり子
■関連イベント
□連動企画アートプロジェクトレクチャー
「アートプロジェクトに参加すること」ゲスト   : 開発好明氏
日時  6月25日( 木)16:30~18:00 
会場  茨城県取手市小文間5000番地(事務室) 東京芸術大学取手校地専門教育棟1F
■Art Project Studies  企画/運営 メンバー紹介
□トークイベント
タイトル 「アートプロジェクトってこれからどうなるの?」 ゲスト :  未定
日時  現在日程を調整中。 18:30~21:00 参加料 200円 (※飲食は別になります。) 
会場 プロジェクトスペースKANDADA

つきましては、本展の告知活動に是非ご協力賜りますよう、ご案内申し上げます。

■本展に関する問い合わせ
東京芸術大学中村政人研究室
広報担当・三輪まり子 
    tel 090-1474-6630  E-mail artprojectkenbunroku@gmail.com
事務所  〒101-0054
    東京都千代田区神田錦町3-9 精興社1F(プロジェクトスペース内)
     tel 03-3518-6176 fax 03-3518-6177 
blog: http://artprojectkenbunroku.m-lab.org/
1月から5月にかけて、私たちが参加したアートプロジェクトでの活動報告をメインとしたブログです。
6月に予定する私たち研究室が開催するアートプロジェクトについての展覧会の詳細を記載しています。

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倉重光則 不確定正方形 ある、からいるへ  Yu Ohkawa

Posted on 3月 14, 2009

“不確定正方形 撮影 洲崎一志”

*

我々は対象を見ること、知ることに慣れている。だが倉重光則氏の作品を前にした私は驚くべきことに作品が対象であることを忘れていた。

ギャラリー現で行われた今回の展覧会は照明のない画廊の壁に正方形に投影された絵画的な明滅する光と床近くに這わされたネオン管、そして床の鉄板から構成されている。

 

まず作品が対象的でないことを論じる前にまず明滅する光を知覚した私の記述から始めたいと思う。最初明滅する光を見ていた私は他の誰もがそう感じるように目がチカチカして何も分からなかった。しかし、倉重氏に作品の説明をしてもらい、意識が耳と頭に集中し始め光を凝視するのを止めた時、作品である不確定正方形(光)が変化を見せ始めた。

 不確定正方形は私の中に沁みてきて私にとって内でも外でもない感覚が生まれてきた。また不確定正方形は私の中で発光するという現象よりも存在として支持体である壁から浮き上がり、そこにあるものとしての佇まいを見せてきた。だが一方でその存在は支持体である壁に対する触覚がないままなので地に対する図という慣れ親しんだ認識を得ることは出来ず、私の中での在るという感覚は宙吊りにされてしまった。その宙吊りになった感覚を補足しようと足元を確かめるように私は床一面に敷いてある鉄板に目をやった。しかしここでも異変が起こった。加工を施されていない生の鉄板は質量を失ったままでなおかつそこに存在しているのである。不確定正方形が放つ明滅している白い光を受けながら鉄板は知覚の場所性を失いながら私の前に現前している。

 

私は倉重氏が作った空間に佇みながらインスタレーションにありがちな包まれる感覚でもない、かといって対象を認識する能力も奪われたままそこに立っていた。不確定正方形は我々に何を示そうとしているのか。

 私は自宅で部屋のスイッチを点けたり消したりして不確定正方形を真似て部屋の様子を観察して見た。すると部屋にあるものはその質量を奪われボーっとした表情を見せだした。これはまた、目をパチパチさせながら物を見ると似たような効果を生み出す。

しかし、倉重氏の不確定正方形は空間全体が明滅するわけではなくあくまで平面としての正方形に限られている。確かに不確定正方形によって照らされる空間内の事物は明滅効果によって質量を失い実体感を失うが、主体である不確定正方形はその存在を示しながら、我々に対して対象であることを拒む。

対象とは通常認識し、私の内に一部を取り込みそこにあることを理解することである。しかし不確定正方形は正方形としての形象をそこに持ちながらも明滅しつつ白い光を我々に向けているため、在ることは分かりながらも明滅によって眼差しが届かないため対象として凝視ができない。

そこで対象として認識を止めると空間全体が感じられてきて私の身体が戻ってくる。ここにいると。最初は落ち着かなかった空間も対象が在るという意識から、今ここにいるという意識に変わった時から倉重氏の空間が全く別の空間に変わっていったのである。

 

対象を認識することを忘れた私はもう一つのモチーフである赤いネオン管に目をやった。ここでもそれが何を意味するかという意識を離れ現前している現象に意識を注いでみた。すると赤いネオン管は床近くに設置してあるため床の鉄板に反射してぼーっと光っている。作品という実体に対し虚構性が感じられそれが鉄板という実在感のあるものに反射しているため私の中で虚と実が混じり合う。ネオン管はまた不確定正方形の一つの角にも這わせてあるが、これは他のネオン管が画廊の壁と床を強調しているため、その両方のネオン管を一緒に見ている鑑賞者にとっては不確定正方形内(虚空間)の空間と画廊という現実空間が混じることになる。したがってネオン管は虚と実の間を繋ぐバイパスのような役目を果たしているが、虚と実を分けることに慣れている私たちにとっては戸惑うばかりである。ここでも倉重氏は作品の主体をずらし、全てが関係の中で提示されている。

ここで、では不確定正方形を含む空間はどこへ我々を導こうとしているのであろうかという疑問がよぎる。このレビューのタイトルに書いた、あるからいるへという意識の変化が鍵となるように思える。

我々は通常絵画という平面を虚構に押しやり安心してその外側である実空間から見ている。そして私ではない画家が主体となって作品を私に差し出す。そこには安定した構図がある。しかし不確定正方形が差し出す空間は作者という主体を失わせ、すべてが現象として還元され、その現象が張り巡らされた鏡のように私が意識するすべてのものがすべてのものに映りこみ、反射し虚と実、内と外という区別を無くし私の前に現前する。

そこで作品を見るということを諦め、眺めるという意識に変えると不思議と空間は私の中へ染み込み、作品がある、から私がここにいるという意識に変わり、どこでもないどこかにいるような気分になりリラックスする。倉重氏は何度も会場を訪れているが、その時画廊から一旦外に出るととても町が静かに感じられると語っていた。

不確定正方形を巡る心の旅は作品が対象であることを止め非対象的な、全てのものが溶け合う世界を私たちに提示しているのではないだろうか。

 しかし依然として不確定正方形は不可知な存在として私の前に現前していることも書いておきたい。                                                                                                                     

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全光榮(チョンクァンヨン)展  Tsunabuchi

Posted on 3月 10, 2009

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森美術館でおこなわれている『チャロー!インディア』を見て帰ろうとしたが、隣でやっていた『全光榮展』も同じチケットで見られると知り、ついでだからと入っていった。この展示にはまったく裏切られた。まったく期待してなかったし、全光榮という人も知らなかったし、入口のポスターもあまり魅力的には見えなかったので入らずに帰ろうかとも思った。だけど「ここまで来たんだし」と思い、ついで以外のなにものも感じずにフラフラと入ってしまった。

それが間違いだった。完全に魅了された。魂を持っていかれた。

展示室に入る前にこんな文章が置かれていた。

「懐かしさを包み込む」

私にとって人生とは染みるような懐かしさだった。

朝、目が覚めると理由もなく涙が流れたりする。

どうしてなのか、なぜすべてのものが懐かしいのか、私はわからない。

人々は私を背丈が低い東洋人の作家ということで記憶しているが、私の懐かしさの背丈は他人が見えないあの高いところまで伸びているかもしれない。

見えない私の懐かしさは、時には悲しい愛に、時には苦痛を伴う創作活動に、情熱の涙にその姿を変えた。

そのように私を熾烈な人生へと果てしなく駆り立てた懐かしさを恨んだりもした。

しかし、そんな懐かしさがなかったら私の人生は平穏だったかもしれないが空しかっただろう。

この懐かしさがあればこそその懐かしさを忘れるため全力を尽くして作業へ没頭した。しかし忘れることができず、さらなる懐かしさで、私は倒れてもまた起きあがって走った。

私の深い懐かしさと、また誰かの傷と懐かしさを包む心で数千、数万個の三角形を韓紙のポジャギ(風呂敷)で包んで結んできた。

そんな私たちの痛みを癒して上げたいとの想いが私の作品根幹であり 緻密な執拗さ途方もない努力を要求する特有の作業過程を支えてくれた力だった。

数千万回の三角形のポジャギを包む過程でへとへとになっても、それぞれのポジャギへ私の暖かい温もりを盛り込もうとした。

その真心と温もりで誰かの懐かしさを包んであげられることができると信じ、私のAggregationは休むことなく続くことだろう。

                 ―-全光榮

この詩のような紹介文を読んで期待感が生まれた。いったいこの先に何があるのだろうかと。

しかし、最初の展示スペースにはピンと来なかった。布を染めたような抽象的な作品には「こりゃ期待はずれだったかも」としか思えなかった。そして次の展示スペースへと進む。

そこにあったのは森だった。ひとつの壁に森が掛けられていた。

森の絵があったのではない。森のオブジェクトがあったのでもない。森とは似ても似つかぬ形の森があったのだ。

漢字やハングル文字が印刷された紙(韓紙(ハンジ))でさまざまな大きさの三角形を包み込み、その三角形が、何千とも何万とも数え切れないその繰り返しが、あたかも自然物が構築されたかのようにきれいに並べられ、ひしめきあい、共存し、全体で遠近感やデザインを伝えている。

木の葉はひとつひとつとても似ている形をしている。しかし、どれひとつとして同じものがない。同様に、そこを形作っている三角形の断片はどのひとつも同じものがないが、ひとつひとつが同じような要素の無限の繰り返しになっている。そこにあるのは自然と同じフラクタルな繰り返しと、作者のどこから来ているのか計り知れない情念だった。ひとつひとつの果てることのない繰り返しを、作者はまるで自然の造形のように、あるデサインへと練り上げている。この様相はとても写真ではわかり得ない。

森の遠景は緑の固まりだ。近づくにつれ木の形がわかるようになる。そしてもっと近づくことでやっと枝がわかり、もっと近づいて葉がわかる。そこにあった作品も遠くから見ると全体のデザインがあるだけだ。ところが少し近づくとその構成要素が何か特別なものに見えてきて、さらに近づくとやっと三角形がわかり、もっと近づくことでそこに書かれている文字を認識する。

全光榮展ホームページ

はじめてガムランを聞いたときのような肌寒さを感じた。ひとつ間違えると自分がどこか別の世界に持って行かれそうな、そんな感覚。この感覚を投げかけてくる作品が、そのあとずっと続いていく。

形の組み合わせも妙なるものだが、その三角形の染色と配列、場所毎に異なる大きさと組み合わせ方に、僕はブナの森や杉の森や、イチョウの森、松の森といろんな森を引きづり回される。

平面の作品だけでなく、立体物もあり、全光榮という個人によって生み出された様々な森に、完全に酔ってしまった。

展示の途中で全光榮氏のインタビューがビデオで流されていた。そこで全氏は画家になった頃の苦労について話していた。そのなかでたった一枚手放さないでいる作品について語っていた。ほとんどが赤で覆われたその抽象画は、僕にはあまり名作には見えなかった。バリ島の露天で売られている抽象画に似ているとさえ思ってしまった。この作品のどこにアートで必要とされる深さを見出すべきか、僕には理解できなかった。だけど全氏は行き詰まったとき、その作品を見ることで、初期の苦しかった頃を思い出すのだそうだ。そしてそれを新しい作品の糧とする。きっとあの作品は全氏にとって、創作の世界へ入る鍵なのだろう。あの鍵となる作品から、どのようにしてあの森を思わせる、深い、情念に満ちた、そして全氏が語るように懐かしさをも思わせる、見るものを別の世界に誘うような作品へと飛翔(リープ)するのか、その秘密を知りたい。

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「工房集と仲間たち展」はパンドラの箱  村松恒平

Posted on 2月 10, 2009

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工房集は、2002年から活動している障害者たちのアートスタジオ。
そこのアーティストたちの展示。

今の時代、こんなことを正直に言ったらいけないのかもしれないが、障害者というと「カワイソウ」な人たち、という意識はやっぱり僕の中のどこかにあるんだ。

でも、彼らの作品をしばらく観ていると、そのうちにある面で本当に「カワイソウ」なのは僕たちのほうではないか、とすら思えてくるような逆転が起きる。
無意識との交流の量において、それに費やす時間において、贅沢なのは彼らで、「カワイソウ」なのは僕らだ。

でも、ここで僕たち、というと、健常者、健常者でアーティストを目指していたりする人を漠然と指してしまうわけで、そこにくっきりと線を引いたと言われるだろう。
では、そんな線があるのか、と言われれば、あるといえばあるし、ないといえばない。

飛行機から赤道や日付変更線を見下ろしても、そこには何の線もありはしない。だけど、その言葉や概念はあるし、そのように概念化している有用性だって当然あるわけなのだ。
だけれども、赤道で海や大地が分かれていたりしないように僕ら(彼ら)はつながっているのだ。

こんな但し書きはおまじないのようなものだ。
こんなことで言葉でこんがらかっているよりは、現物を見たほうが思わぬハッピーやラッキーと出会うだろう。

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出会った僕の印象は、ダイヤモンドの原石がごろんごろん。
その無造作な(といっても、背後にもちろんいろいろな努力や個別の物語があるのだろうが)ごろごろ感がすごかった。
これは開けた途端に宝石も災厄も、いろいろなものが飛び出してくるパンドラの箱なのだ。

現代美術をやっている多くの人にとっては、これはあまり大きく開けはなってほしくない災厄の箱かもしれない。だって、生命力が溢れているんだもの。
自分で自分の首を絞めて窒息しそうになって遊んでいる連中は、ますます息苦しくなってしまうだろうさ。

そんなヤツらはどうだっていい。もっと大きく箱を開け放ってしまっても僕は全然かまわない。
この宝の山に出会いたまえ。

美術を志す人は、正しくうちのめされるがいい。

デザインをしている人は、色や形、エネルギーを盗みだせ(インスパイアっていうの?)。

お金がある人は、まことにすばらしいインテリアとしての美術品を現代美術の100分の1以下の値段で買うべきだ。
もし、広い白い壁のある家ならば、作品は本当にきれいなオーラを放つだろう。
そうして、誰の作品? と聞かれたら正体を隠して相手の反応を見るのも楽しいだろう。

もっとお金がある人は、好きな作家の作品を買い占めたっていい。今はまだ投資対象としてもすごく魅力的だ。

そんなふうにみんなが目の色を変える日は遠くないだろう。
だって、この作品、海外だったら飛ぶように売れると思うもの。

もうパンドラの箱は開きかけている。
誰にも閉じることなんかできないのさ。

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写真1 閉じて施錠された箱が二つ見える。これは秘密だが、その中には作家の好きな音楽を入れたテープが入っている、という。

写真2 1面に描かれているのは虫。ただ描かれただけではなく、この中に時間の経過と物語が秘められているという。左上の売約済みマークは、僕のもの♪

写真3 僕が見るところ、こういう動機をキャッチするためには、意識的でありすぎてはいけないのだ。
(写真提供はすべて中津川 浩章氏)

「工房集と仲間たち展」
開催中2月25日まで! 1時間くらいは十分楽しめます。
http://www.makiimasaru.com/mmfa/exhibition/2009/0206/index.html

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『加山又造展』 様式化する才能  村松恒平

Posted on 2月 3, 2009

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【加山又造の表面と印象】

「なんという堅固な表面だろう。
加山又造、という偉大な表面は僕の視線をはね返す」

2004年まで存命であったこの大画家の生きた歴史について僕は何も知らない。
しかし、名前くらいは聞いたことがある。
その印象は次のようなものだ。

*日本画家として大家であるらしいこと。
*金や銀や赤をあざやかに使う。
*華やかで誰にも好かれる大胆でわかりやすい作品群。

作品はどこかで一つ二つ見たことがあったが、個展は初体験である。そんな作家を見て、ヘタうま大好きの僕は何を思うだろうか?

【いざ会場へ】

展覧会場に入ると、上記の加山又造ブランドの印象を裏打ちする大作が3点、ドンと一発かましてある。
特に正面はうねる銀色の波に浮かぶ銀の月。
ポップだけれど、伝統的で、華麗でありながらしっかりとした強さがある。

あまりに完成度が高すぎて、見ているほうは、「はぁ」とため息をつきながら素直に感心するより手がない。若いときの僕なら権威的なものを感じて本能的に反撥したであろう。

それが冒頭の「なんという堅固な表面だろう」という感想だった。

展示の第一章は動物。これが初期作品だが、様式化する志向と手法はもう始まっている。まだしも作家が作品へアプローチする動機をとらえやすい作品群ではあるが、作品の完成度にはすでに全然若描きらしいブレがない。
直観的でありながら、考え抜かれいて、作品のすみずみまで作家の意志が行き渡っている。若い作家にありがちな「こんなものでいいか」とよくわからないままに投げ出したという部分がない。

構想から、仕上げまで莫大な時間とエネルギーがかかっていると思うが、自分が納得するまで決して作品を手放さない画家だっただろう。その納得できるレベルの高さと、それを実現できる技量、才能、そして志がスケールを大きくしている。

才能天分、発想、構図、技法、ていねいさ、完璧主義、凝り性、採点すればオールAだろう。

僕はその奧にあるものが見たい、と目を凝らすけれども、太鼓をいくら叩いても、『加山又造』という完成した音しか鳴らない。

正体が見えないスタイルは音楽でいうと、井上陽水を思い出す。陽水もデビュー当時、心情を垂れ流す四畳半フォークやセンチメンタルな歌が流行るまっただ中で、ひとり、センチメンタルなようで、冗談とも取れるようなレトリカルでまったく正体を見せない歌を歌い続けてきた。
その歌はわかりやすく大衆的でありながら、どこか空虚であるから、かえっていつまでも腐らない。正体なんてものはあるのかないのかわからない。
表面にすべて現しているのだから、それ以上のものはない、と本人はいうだろう。
ヘタな人間は、歌でも絵でもなけなしの肉声を晒すしかないのだから、こういうタイプは憎たらしいモノである。

僕は加山又造という巨大な壁に手をつきながら、どこかに侵入経路はないかと探し続けた。そして、ふと、お得意の銀の波濤を見ていると、それが均一な線でないのに気づいた。
線と線の隙間が均一ではなく、線の太さも均一ではない。線に筆をついだ後も見える。それに気づいて、入り口の大作に戻ってみると、やはり同様に機械的に均等に引かれた線ではなくて、どこか安心したのである。

波濤を均等で機械的に見ていたのは、僕の眼と頭脳であって、加山又造はそのように線を引く必要を感じていなかった。あるいは、わざとそのような隙を残したのだろう。

音楽をコンピュータで打ち込むときに、ドラムは意図的にわずかにタイミングをずらさないと人間らしく聞こえない、と聞いたことがある。加山又造の能力と集中力を持ってすれば、もっと均等な線も引けたであろう。しかし、そうしないほうがいい、ということを加山は知っていたのだろう。

加山又造の展覧会に行って、人はどこを見るのだろう?
僕はそんなケチ臭いところをしみじみと見ていた。

もちろん、ほかのスゴいところだって見たけどね。

【様式化とは何か?】

加山又造の才能の最も偉大なところは、様式化する力にある。「祖父は絵師、父は京都西陣の和装図案家」というから、様式化するセンスというものが血肉化しているのである。

様式化とは何か、といえば、この場合2次元化する方法論である。
絵というものは、そもそも2次元なのであるから、あらゆる絵が2次元化されているのであるが、その方法にさまざまな特徴がある。
西洋絵画の場合は、遠近法というものに基づいてなんとか2次元の中に3次元を再現しようとした。
2次元でもこれだけ3次元で見えている視覚というものを再現できる、ということを主張しているのである。

しかし、加山又造の2次元は、3次元に対してそのような劣等感を持っていない。
3次元は単なる現実であり、それ以上の価値はない。
しかし、それを無理矢理に2次元に押しつぶしてみると、そこに生じるのは虚構であり、それが美的虚構である以上、3次元より優越しているという自信に満ちているのである。

虚構は現実に従属するのではなく、現実を素材にし、バネにして、異世界を作り出す。
星や月、海や空、大地や花、それを加山又造というプレス機でつぶすと、そこからはみ出ようとするモノやエネルギーたちは、さまさざまなシンボリックな色や線、記号となって噴出するのだ。
そのことの祝祭性が金や銀の特別な色の鮮やかさの中に定着されている。
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【印象に残った作品、つまらなかった作品】

すごい作品はたくさんあるけれども、僕の印象に強く残ったのは、『奧入瀬』と『牡丹』。残念ながら2点とも使用可能な図版がない。
それだけ多くの見どころのある展覧会であり、この2点はたまたま僕の関心にヒットしたに過ぎないかもしれない。

『奧入瀬』は、横長の長大な屏風の右端から川が画面中央に向かって溢れるように流れだし、左端へと消えていく。屏風絵として初期の作品のようだが、この瀬を走る水の姿が千変万化して、まるで生きているようだ。
上流においては写実的であった水が、下流に向かって様式的な表現になっていく。
様式化の過渡的な部分がたいへんよくわかる。
この絵は好きだなあ。

『牡丹』は、遠近感を墨の濃淡であらわした作品。
黒とピンクががった白の大輪の牡丹が書かれて背後に、ほとんど墨のような色調で牡丹の葉が描かれている。
牡丹の葉は、花に近い前面のものはくっきりと描かれているが、奧まるほど靄がかかったようにぼやけていき、すぐにフェイドアウトしてしまう。
濃淡による独特の遠近法である。
こういう手法を開発するだけでなく、軽々とその最高峰まで仕上げてしまうところが凄い。

逆につまらなかったのは、裸体画。
得意の様式化の力が女性の裸体に対しては働かなかったように見える。
女性は一昔前のモデル顔で、陰毛は描かれているが、僕にとっては少しもセクシーではない。
女性のセクシーさや、生命力を描かないで、なぜ裸体を描きたかったのだろう?
あるいは人気画家としての地位があまり生々しい女体を描くことをためらわせたのか?
様式化するでもなく、ワイルドに描くでもなく、この画家には珍しく、非常に中途半端なところで苦しんでいるように見える。
本人が生きていたら、どういうつもりだったのか聞いてみたいところだ。
背景とか裸体以外の部分はすごいのですけどね。

それから、ペットっぽい猫。工芸品の意匠もつまらなかった。
工芸品、あまり欲しくならない。
しかし、欲しくないのは僕だけであって、こういうの見た途端に「はぁぁ」とため息をつき、売っているものなら買ってしまうおば様層、というのが僕の知らないどこかにいるような気がする。
なんか頭に「三越の外商部」という言葉が浮かぶ。

たぶん、僕なんかよりずっと加山又造がストライクゾーンな人たちがどこかに大量にいるに違いない。
もっと「正統かつ本流」風な人たち。

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加山又造という人は、開拓者であり、冒険家であったといえると思う。
あまりに能力が高いために、つねに自分に難しい要求をつきつけ続けないと、自己模倣に陥ってしまう。
だから、いつも新しい領域に意欲を持っていたのだろう。
そして、あまりに様式化する力が強すぎるから、冒険であり開拓であったことは、世に出るとあっという間にオーソドクスに見えてしまうのだろう。

こういう大きな人を論じることは難しい。
僕が論じたところで世の中の加山又造の評価は、上がりも下がりもしない。
蟷螂の斧、というより、蟻が象の背中で鼻歌を唄っているという気分なのである。

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東美名子さんの個展の紹介です。 nakatsugawa

Posted on 12月 16, 2008

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私が選考委員をしたコンペのアイブルアートアワードの受賞者である東美名子さんの個展が、22日から27日まで銀座のガレリア・グラフィカbisで始まります。

11:00から19:00最終日は17:00まで。

障害者アートという言葉は、終わりにしたいと強く感じた普通の意味ですばらしい絵画です。

是非足をお運びください。
http://www.ableart.org/

テキストは選評です。

「前回も悩みましたが、今回はさらに迷い悩みました。紆余曲折があり、最終的に澤井玲衣子さん、東美名子さんの二人に絞られましたが、ここからが大変でした。

傾向の異なる優れた作品に優劣をつけることはできません。
しかしどちらかを選ばなければならないわけです。

結果的には東美名子さんに決定しました。そこで決め手となったのは、すでに出来上がっている障害者アートのイメージから離れつつある作品であったということです。

どういったことかというと、いわゆる障害者アートにみられる記号の反復やスクリブル(なぐりがき)的な特徴から離れ、そこにあるのはただ圧倒的な絵画だったということです。

清らかでいながらで、強く激しい感情が幾重にも重なりあい層となって成立している、よい意味で方法論が見えてこない作品でした。

それは毎回素手で世界を掴み取ろうとする行為の反映であり、絵を描くことに慣れず、いつも自分自身の存在に対する怖れと戦っている行為のプロセスが、絵として現れてきた感覚です。

その感覚がしっかりと手渡されるとき、東美名子さんの障害を持つことの意味も一緒に手渡される気がしました。

障害をもつ、もたないに関わらず、それは人間であるならば実は内側に誰でもが持っている感覚です。

彼女に障害があるからこそ、それがはっきりとしたかたちで表現され、目に見える絵画として存在しているのです。

描くことが希望とつながっている開かれた絵画を、多くの人に見てほしいと感じました。」

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