「私が見ている向こうがわ―からだで感じる美術」展 ─光島貴之さんの御紹介─ よいち

Posted on 2月 5, 2008

指先で街を歩く―京都からギャラリィK(東京・銀座)へ[ はじめに ]

光島貴之さんが、久しぶりに関東で展覧会とイベントに参加されます。
私は初日に行くつもりですが、その夜のレビューでは告知に間に合わないので、先に御紹介をさせていただきます。

[ 光島貴之さん ]

初めて光島さんにお会いしたのは、2006年に水戸芸術館の「ライフ展」で、ワークショップと公開制作のためにおいでになった際でした。
光島さんは、全盲です。幼い頃まだ見えていた頃の視覚の記憶を触覚に重ね、「触れて見える平面作品」を創作しておられます。

さて、ちょっとばかり昔話をします。
私は、大学で視覚伝達デザインという専門をとりました。視覚で伝達するというのだから、所謂グラフィックデザインというジャンルよりざっくりと幅広い言葉になります。
私はそこで、道に迷い、多くの情報が視覚で伝達されていることに貢献することよりも
「では、これを視覚に障碍のある人にはどう伝えたらいいのだろう」
と疑問を持ちました。学生としてはなかなかの課題を持ち理解のある指導教官に応援していただいたのですが、残念ながら学生時代に突破口は見つからずに、そのままデザインの世界を離れました。

何年か回り道をして再び美術館にかなり足しげく通うようになった矢先の展覧会で、光島さんを含む視覚障碍者の方との交流がありました。
回り道をしたとしても、正面からぶつかりたかった問題にまた出会うことができたのは私個人にとって特別なものがありました。

そうして、光島さんの作品を拝見しました。

グラフィックを 勉強しながら視覚のない世界に引き寄せられた私には、手で辿りながら平面作品を創作しておられる光島さんに何かつながるものを感じたように思われました。

線・面・点で構成される世界は、日の光を思わせる色に満ちていました。微妙な曲線は精神の繊細さ、指の細やかな動き、心の揺らぎを思わせます。
100色を超えるという光島さんのパレットは、助手の方に「○○のような何色」と指示して使用されます。その行為は、『現在』を表現する時も過去の記憶か らいわばフィルタを通してイマジネーションを膨らませてすくいとったものです。視覚の拘束からかなり自由なイマジネーションであるとも言えるかもしれませ ん。

まず作品を目で観て、目を閉じて触れて、再び目で観ます。それが第一の観賞です。
次に作品を前にして「どう見えた、どう思った」を作者にフィードバックすることが第二の観賞です。そこに光島さんにとっても観賞者にとっても、言語コミュニケーションによるアートの深まりがあると言えます。
私は作者に感想を話すということを超えて何か自分もまた表現をしていることに気づきました。これほど作家と話してみて面白かったということもまたなかなかありませんでした。

さて、今回の展覧会は、見所目白押しです。
上記のようなわけで、会期二日目(2月9日(土)午後)の、光島さんによる公開制作は、音楽とのコラボレーションという観点からもまた大変興味深く、是非お勧めしたいものです。

ワークショップも充実しています。
視覚に障碍のある方と一緒に美術を観賞するギャラリーツアーは、その場に立ってみると自分の言葉というものをもう一度、噛みしめ、眺め回すような体験となることでしょう。
視覚障碍者にも、光島さんのように視覚の記憶がある方と、視覚の記憶が全くなく「色」というイメージ自体を全く持たない方がいらっしゃいます。今回ギャラ リーツアーを行なう << ミュージアム・アクセス・グループMAR >> の一員である、ある方は
「色の名前を言われてもわからないけれど、一緒に観賞をする人の話を聞いて、その感情に乗っかるのが醍醐味」

と仰っていました。

□ MAR
http://www2.gol.com/users/wonder/mar/martop.html

□ 光島さんのブログ
http://mitsushima.txt-nifty.com/
□ 光島さんのページから、展覧会の情報
http://homepage3.nifty.com/mitsushima/mitusima_4.html

[ 展覧会情報 ]

「私が見ている向こうがわ―からだで感じる美術」展
横浜市民ギャラリーあざみ野企画展

平成20年2月8日(金)~2月23日(土)
横浜市民ギャラリーあざみ野

□ 問い合わせ先
横浜市民ギャラリーあざみ野 担当:日比谷、横田
〒225-0012
横浜市青葉区あざみ野南1-17-3
アートフォーラムあざみ野内
TEL 045-910-5656
FAX 045-910-5674
E-MAIL azamino@yaf.or.jp
URL http://www.yaf.or.jp/azamino/
交通アクセス(マップ)
http://www.yaf.or.jp/azamino/access/index.html

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主婦からみた<柳宗理> 林みず枝

Posted on 4月 8, 2007

新しいものを買うのは快感だけど、ケイタイに関しては新製品が発表されるたびに、私は少しもの悲しい気持ちになる。あ~あ、また出ちゃったのね。
あらゆるターゲットにむけて、機能も追加、デザインも変えられて発売される製品群。でもそれは、半年後には旧機種と呼ばれる古いものになり、値下げされ、やがて廃番になるのだ。テクノロジーの上にデザインをのせるということは、技術が進化していく限り、そのデザインがあっという間に消費されるということに違いない。その中にすてきなデザインもあったのにね。そういうことで経済は動いていくのだけど、ケイタイの世界は特にせわしない。デザインされる方がそれを楽しいと思っていてくれればいいけど。
今年の1月から3月頭まで行われた柳宗理のモダンデザイン展に行ったら、そうした世界とは真反対のものが並んでいた。家具にしてもキッチン用品にしても、超ロングセラーと誰にでもわかる製品の数々。美術館の展示品だからその場では手にとることはできないけど、いまだに日本のあちこちの店で買えるものばかりですから。どれを取ってもたいへん使いやすい。そして少しレトロな形。私が愛用している柳デザインのスプーンやグラスは、30年以上前のデザインらしい。でも買ったのはここ5、6年のことだ。
私は基本ケチなので、一度吟味して買ったものだったら、それが天寿を全うするまで使い続けたい。そのためには、まず使いやすくなくてはならないし、飽きのこないデザインでなければならないし、何より使う場所に置いてみてすこし個性的できれいと感じられるものがいい。オーソドックスだけでも飽きちゃいますので。
うちの中には、そんな条件を満たす柳デザインがだんだん増えてきているのです。
初めて買ったのは白磁の湯呑。たまたま行った新宿のOZONEで受け付けていた、限定復刻版。私は陶芸を始めたばかりで、陶磁器の形にものすごく興味がわいていた頃。この湯呑のラインがすごくすてきだったので、しばらくその形を目標に土をいじっていた。「手びねりで工業製品のまねをするなんてヘン」と友人に言われ、それも一理あるとも思ったけど、その後「カーサ ブルータス特別編集 柳宗理」を読んだら納得した。
「柳デザインにデザイン画の類はいっさいない。たたき台には立体模型を使うのだ。それも、手で作る。『手で使うものを、手で作らなくてどうするの?』柳宗理の理屈はシンプルである。」とある。
つまり、キッチンウェアのような道具類は実物大の模型をまず作る。作ったものを触ったり振ったり完成品と同じ使い方をする。修正して作り直してはまた使うことを繰り返して、ようやくできるのがたたき台。
これがさらにメーカーと研究所の間を何往復もして、図面起こしに入るのには、最終的に1年も2年も先とのこと。
工業製品の型起こしの一般的な手順は知らないけど、これがおそろしく手間のかかる方法であることはわかる。限りなく手作りに近い工業品なのじゃないだろうか。

ところで先日ヤカンが壊れたので、お湯が沸くのがすごく早いと評判の柳ヤカンを買えるチャンス!と喜んだら、夫が古いヤカンをあっさり直してしまった。ちょっとがっかり。いつかは買えると思うけど。

柳宗理 日本を代表するプロダクトデザイナー。父は民芸運動の柳宗悦。
1915年生。ということは今年で92歳。作られたものは、大きなものは札幌オリンピックの聖火台とか高速道路の料金所の防音壁から、小さなものは椅子とか鍋とかフライパンとかカトラリーとか。大橋歩さんの雑誌Arne1号(2002年10月)のインタビューでは、「フランスの耐熱ガラスのメーカーからポットを頼まれているけど、もう老年ですからできないかも」と答えておられます。それから2年経ちました。
なお、「Arne」も「カーサ ブルータス特別編集 柳宗理」もまだ買えるかも知れません。

   ***

40代の主婦。去年仕事をやめて3ヶ月間家の片付けをしました。
後生大事に持っていた本を大量に捨てたあと、まったく困らないことに気がついてしまいました。
好きな言葉は「機能美」。柳宗理ファンとしては10年くらい。

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