Swing  高橋キンタロー

Posted on 6月 14, 2008

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僕のスウィング/2002トニー・ガトリフ監督
白人少年マックスの短い夏休み。ジプシーの少女(スウィング
)との出会いと小さな恋、そしてやってくる別れ、あこがれの
ギター弾き(ミラルド)との交流を描いた佳作。素晴らしい音
楽と少年期のひとときを描く内容への感情移入と、長く余韻が
続きます(ぼくはいい映画は余韻に比例すると思ってる)
ちなみにジプシーというのは「エジプトから来た者達」を意味
し「EGYPTIAN」が「GYPTIAN」に短縮され、最終的に「GYPSY」
になったそうで、差別的な意味合いから最近ではロマと総称さ
れ、さらに放浪系をボヘミアン、フランス辺りではジタン、マ
ヌーシュと呼ばれてる。もっとたどればインドのカースト制度
の最下層から逃れた避難民の末裔らしい、ジプシー・ミュージ
ックのエッセンスはインド音楽。ジプシーといっても知り得な
いほど多種多様な歴史、生活スタイルがあるわけで、もちろん
被差別的な存在である事は今も変わらない。
少し前の映画ですが、自身ロマの血を引きマイノリティを描き
続けるトニー・ガトリフのこの映画でジプシーの生活や歴史を
垣間みることになります。
http://jp.youtube.com/watch?v=QeC9mY_GuYg&feature=related

ぼくは少年期を描くものに弱い。
転校生であった事も影響してか、出会いとか別れといったこと
にに弱い。
といっても子供の頃が繊細であったとか、大人に翻弄されたな
んて思っているわけでもなく、そんなことはあたりまえにしか
思っていなかった。さっきまで泣いてたのすっかり忘れて今大
笑い、子供の適応力は高い。別れがどーのなんて知るのは大人
になってからだから。
でも2度目の転校の時に先生が「みんなで××くんのために歌
ってあげましょう」とかなんと言って、前に立たされてあすな
ろとかいうわびし気な歌を歌われた。転校なんて、次はどんな
ところに行くのかななんてワクワクした気持ちしか無くて最初
はへらへらしていたのが、あれ?・・ぽろり。・・何これ?・
・れ?れ?・・みんなひどいよ、恥ずかしいよぉ、と思っても
涙がぼろぼろ。終いにはふぇっく、ふぇっく、ふえ~ん。西原
理恵子風に号泣。
叱られたりコケたりでなくても涙が出る事をはじめて知る10歳
の冬。

・・・ともかく。
「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」「ペレ」「スウィート・
シクスティーン」「ケス」「旅立ちのとき」「セントラル・ス
テーション」、「ピショット」や「シティ・オブ・ゴッド」に
いたるまで少年期を描いたものに弱い(今思い出したものをテ
キトーに並べただけ。他にもありそうだ)「大人は判ってくれ
ない」は古すぎるし「ギルバート・グレイプ」は少年期を過ぎ
てるかな?
邦画では「どこまでもいこう」(これ、だれも見ていないよね
?)
今はメジャー監督になった塩田昭彦の初期作品で知ってる役者
が一人も出てこないマイナーな映画。小学校5,6年くらいの団
地住まいの少年ふたりの日常を描く。大人の目線による解説を
省いた等身大の子供を描く。窓から紙飛行機を投げるだけのシ
ーンにじんとくる映画はそうはない。

・・横道にそれました。

映画「僕のスウィング」の音楽を担当し、自身ギタリストのミ
ラルドを演じたチャボロ・シュミット(ジャンゴ・ラインハル
トの最も忠実な後継者といわれる伝説的ギタリスト)来日しま
す。
http://www.plankton.co.jp/tchavolo/index.html

写真は2006年の来日時、たばこプカプカのチャボロ。

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映画「レンブラントの夜警」 下山浩一

Posted on 1月 22, 2008

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今の日本で正当な扱われ方をしていない映画監督を1人挙げるとするなら、即座にピーター・グリーナウェイ!と言いたいシモヤマです。
そのグリーナウェイの久しぶりの新作「レンブラントの夜警」、すごい楽しみにしていましたとも!
期待に違わず、よかった~!!
表層的な解説などをまったく受け付けない威風堂々たる「THE ART」でした。
野外のシーンのソフトフォーカスなタッチが美しく、酔わされます。
効果音と大騒ぎで観客の注意を引く類いの映画ではないし、スクリーンの隅々まで張り巡らされたグリーナウェイの謎掛けを読み取ろうと、集中力を必要とされる作品なのですが、ラストに向かってドラマは加速し、レンブラントという才能の存在が鮮明に現れてきます。
グリーナウェイ博士の、見る者を試すような重層的な世界を知らないで、なんとなく見に来てしまった人はお気の毒ですが、セックスと死にまみれたアートの殿堂に思いきり浸れる、期待を遥かに超えたグリーナウェイ世界を堪能し、うっとり。

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Make Art, No War ! 高橋キンタロー

Posted on 5月 30, 2007

mirikitani.jpg ミリキタニの猫

Make Art, No War !

こう言い放ったのはジョン・レノンでもオノ・ヨーコでもない 、ニューヨークの街角で黙々と絵を描き続けるひとりの日系人ホームレス、ジミー・(ツトム)・ミリキタニの言葉。

映画「ミリキタニの猫」は監督のリンダ・ハッテンドーフが「寒くない?何かいるものは?」と雑貨店の前に寝るひとりの老人に声をかけることから始まる。しかし彼は絵以外のお金は受け取らず明日も写真を撮ってくれという。
ひょんなことから撮影を始めたリンダは当初「ホームレスの四季」というような作品を考えていたらしい。その状況が一変するのはあの九月十一日。
世界貿易センターが煙を噴く現場にリンダはかけつけカメラを回す。騒然とする人々、かけつける救急車。そのかたわらで喧噪を気にもかけずいつものように絵を描き続けるジミーの姿があった。翌日、残る噴煙の中咳き込むジミーを見かねたリンダは思いあまって彼を自分のアパートに招き入れる。このとき82歳のジミーと孫ほどの年齢差のあるリンダとの奇妙な共同生活が始まる。
リンダの好意に素直に応えないジミーに観客は苦笑するが、やがてあぶり出されるジミーの半生は驚くべきものだった。カリフォルニアで日系米人として生まれた彼は少年期を広島で過ごし日本画を習得。再びアメリカに帰国するが、待ち受けていたのは日米開戦による日系人強制収容所。その措置に徹底的に抵抗した彼は終戦後自ら市民権を捨てる。
戦後東海岸にたどり着き職業を転々とした彼はジャクソン・ポロックにすしや天ぷらを料理したと楽しそうに語る一方で、「お兄ちゃん、絵を描いてよ」と彼になつきやがて収容所で死ぬことになる少年の話を語り「Make Art, No War !」と語気を荒げる。彼は未だに収容所の風景を描き続ける。過去を巡る旅へと奔走するリンダと少しずつ心を開いていくジミー。

通りすがりのままでいたら単なる困った老人であったはずのジミー・ミリキタニの誇り高き人柄と反骨精神に観客は魅了されていく。なにより明快な色彩と日本画に裏打ちされた構図の作品の魅力に驚き、雑踏の中にも確かな美術の存在があるのを知る。そして60年ぶりの妹との再会へ。
「ミリキタニの猫」は9/11が生んだもうひとつのドラマ。

映画「ミリキタニの猫」は今晩夏ユーロ・スペース他にてロードショー公開。
現在86歳のジミーは公開にあわせて数十年ぶりに日本の土を踏む。ぼくは彼に会うのが本当に楽しみだ Make Art, No War !

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公式サイト http://www.uplink.co.jp/thecatsofmirikitani/story.php
英語サイト(ギャラリーページあり)http://www.thecatsofmirikitani.com/

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