東美名子さんの個展の紹介です。 nakatsugawa

Posted on 12月 16, 2008

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私が選考委員をしたコンペのアイブルアートアワードの受賞者である東美名子さんの個展が、22日から27日まで銀座のガレリア・グラフィカbisで始まります。

11:00から19:00最終日は17:00まで。

障害者アートという言葉は、終わりにしたいと強く感じた普通の意味ですばらしい絵画です。

是非足をお運びください。
http://www.ableart.org/

テキストは選評です。

「前回も悩みましたが、今回はさらに迷い悩みました。紆余曲折があり、最終的に澤井玲衣子さん、東美名子さんの二人に絞られましたが、ここからが大変でした。

傾向の異なる優れた作品に優劣をつけることはできません。
しかしどちらかを選ばなければならないわけです。

結果的には東美名子さんに決定しました。そこで決め手となったのは、すでに出来上がっている障害者アートのイメージから離れつつある作品であったということです。

どういったことかというと、いわゆる障害者アートにみられる記号の反復やスクリブル(なぐりがき)的な特徴から離れ、そこにあるのはただ圧倒的な絵画だったということです。

清らかでいながらで、強く激しい感情が幾重にも重なりあい層となって成立している、よい意味で方法論が見えてこない作品でした。

それは毎回素手で世界を掴み取ろうとする行為の反映であり、絵を描くことに慣れず、いつも自分自身の存在に対する怖れと戦っている行為のプロセスが、絵として現れてきた感覚です。

その感覚がしっかりと手渡されるとき、東美名子さんの障害を持つことの意味も一緒に手渡される気がしました。

障害をもつ、もたないに関わらず、それは人間であるならば実は内側に誰でもが持っている感覚です。

彼女に障害があるからこそ、それがはっきりとしたかたちで表現され、目に見える絵画として存在しているのです。

描くことが希望とつながっている開かれた絵画を、多くの人に見てほしいと感じました。」

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エミリーに打ち砕かれてしまった。 nakatsugawa

Posted on 7月 26, 2008

斉藤裕一の作品「ドラえもん」

エミリーに打ち砕かれてしまった。

六本木の新国立美術館でエミリー・ウングアレー展を見て、いままでアート、特に絵画について考えてきたことが試され、壊され、確認された感覚だった。それは絵画とは何であるかというきわめて現代的な問いに関することだ。

エミリー・ウングワレーはオーストラリアを代表する画家で、1910年頃生まれ、96年に亡くなったが、画家として活動したのは88年から96年に亡くなるまでだから、わずか8年間だけだ。その間に3千点とも4千点ともいわれる作品を残した。描きはじめたのが76歳位からというから驚きだ。年をだいぶとってから描きはじめたというと、アメリカのおばあちゃん画家グランマ・モーゼスなど素朴派の画家達を連想するかもしれないがエミリーはちょっと違う。彼女の絵画はもっと深くもっと広い。

エミリーはオーストラリアの先住民族アボリジニで、砂漠地帯で生活しアボリジニの伝統的な生活をし、儀礼の為のボディペインティングや砂絵の制作をしていたという。そんなエミリーがオーストラリアの教育プログラムが契機となり、ボディペインティングや砂絵から、キャンバスに絵筆という近代的芸術の方法を学び表現することとなった。それが、彼女の神がかり的ともいえる制作の始まりだった。

以前,J・ポロックについてこんな意味の事を書いた。アメリカ人であるJ・ポロックはヨーロッパ的近代を乗り越えようともがき苦しんだ。絵画の新たな可能性を開くためにネイティブアメリカンの砂絵などの呪術性を画面に取り込もうとしたり、そのつながりで、ユング心理学の共同性無意識というシンボリックで普遍的なイメージを追い求めた。それは現代人が失ってしまった原始の感覚、(日本でいえば縄文人の持っていたであろう感覚)を個人でとりもどし、かたちにしようとした。そしてその行為はポロックにとって決して絵画制作の問題だけでなく、人間とは何か、絵画とは何かを問う、まさしく命がけの問いだった。そして、J・ポロックはその不可能性に突き当たった(絵画的にはイメージは消え、アクションと物質性に還元された)。そしてその突き当たりの場所からアメリカの現代アートが始まることとなった。

で、エミリーだ。彼女の作品はそのようなポロックが成そうとしたことを軽々と達成してしまった。それどころかそれを乗り越えてしまった。アトリエ代わりの野外でタバコをくわえながら鼻歌を歌いながら。

エミリーの作品を見ているとポロックの他にもブライス・マーデン、草間弥生、瑛九など、何人ものアメリカのモダニズムのアーティストやそれに影響を受けたアーティストの作品との類似性が感じられる。そう、不思議なことに似ているのだ。一方は76歳で絵筆を取り、ほとんど美術の専門教育は受けていないどころか、普通の意味での学校教育さえ受けていない。もう一方は専門教育を受けた先進国のプロのアーティスト。不思議だ。実は不思議じゃないかもしれない。

確かにすごく似ている、けれど、どこか違うのだ。かなり乱暴に言ってしまうと、エミリーの絵には中身があり、モダニストの絵には中身がないと感じられてしまうのだ。

モダニストの作品はスタイルに対するストイックな追求と社会や文化・アートに対する批評性により成り立っている。それが現代のアーティストの存在理由でもある。エミリーにはそういったストイックさは皆無で、批評性もあまり感じられない。モダニストのアーティストは個人の力だけでエミリーの世界に近いことを成立させようとしているため、見ていて切実すぎて辛いがことがある。

エミリーも勿論個人だが、彼女の表現の背後にはボディペインティングや砂絵の制作の携わったこともあり、アボリジニの長い歴史に培われたコスモロジーとも呼べる自然観、宗教、信仰、世界観(彼女達アボリジニはそれをドリームングと呼ぶ)がある。それらが彼女の絵筆を通して自然に立ち現れてくるのだ。彼女はまさに媒体(メディウム)で、個人であって個人ではない、アボリジニの共同体の記憶の集合体としての存在だ。だから、モダニストの作品は行為性や視覚的な要素が強いが、エミリーの作品は視覚の向こう側を強く感じさせてくれる。そこがモダニストの作品と根本的に異なる点で、中身があると感じた理由だ。

エミリーの絵から感じるのは自然を見たり、自然の中にいて自然そのものから感じられる、ぼんやりとしていながら強くうごめく何かだ。砂漠や大地といった大自然がもっている呼吸、風の音や季節の移ろいに感じる何か。ヒューヒューやザラザラやぐわぁんぐわぁんやらの自然の音や声が聞えてくる感じ。私達人類の遺伝子の中にある記憶を呼び覚まし、なつかしい感じにさせてくれる何か。人間と自然との秘密の会話を聞いている感じ。とにかくそんな様々な感覚が生まれてくるのだ。エミリーの絵を見ていると、身体が軽くなり空中に浮いてきて暖かい感覚につつまれる。視覚的に何が描いてあるかはよく解らなくても、そこで感じられる何かがアーティストの言いたいことなのだと改めて思う。「うわ~!」これだ。この感覚。

改めて画面を見れば、そこにはとても大きい画面にただたくさんの点がうたれていたり、長いストロークのリズミカルなタッチがうねうねと続いていたり、からまったリしているだけなのだ。

具体的にいうと、今言ったように、彼女の作品は点描やストロークでできた抽象画だ。ある作品は極彩色、ある作品はモノクロームに近いがそのヴァリーションはとても豊富で、点描はただ点をうって平面を埋めていくのでなく、点を打ち、画面が埋まっていくことによって空間が生まれ、開かれた場所になっていく風景のような絵画だ。

点の色彩やその背景のかたちや色(ストロークの上に点描された画面もある)、そして強弱が組み合わさって絶妙の空間を作り出しているのだ。その奥行感は西欧の画家達が考案した遠近法が作り出す奥行と異なった遠近感、奥行感が存在する。とても精神的な遠近感だ。

そして大切なことはこの点描のほとんどが彼女の故郷アルハルクラと関係する何らかのイメージだということだ。また、ストロークの作品のほとんどはヤムイモ(地中で育つ食用の根茎)のドリーミングと呼ばれ、アボリジニとっての象徴的なシンボルをモティーフにしている。

そして、ヤムイモの形態とストロークの動きとの関連性や、アルハルクラの風景の光と点描との関係など、作品の造形性と具体的に関係づけられそうな要素が数多くあるが、これらすべてがアルハルクラの土地と強く結びついているものだ。

このようにエミリーの描くものは表象的には点描とストロークの抽象性によって成り立ち、イメージの根源はアルハルクラの大地とアボリジニの霊的な関係性から生まれているのだ。どんな大きな絵も小さな絵もドリーミングというアボリジニの物語の断面を語っているのだ。エミリー・ウングワレーは現代社会に現れた縄文人なのだ。ただ、素朴な縄文人ではなく、様々なかたちでアボリジニを迫害していたイギリスやオーストラリア政府に対するアゲンストとして、失われつつあるアボリジニの文化を残し、目に見えるものにし、価値にしておくことが、アボリジニにとっての戦いであり、重要であるということに充分自覚的であったアーティストだ。

エミリーの言葉を引こう・・・「すべてのもの、そう、すべてのもの、アウェレ(私のドリーミング)、アーラチ(細長のヤムイモ)、アンカールタ(トゲトカゲ)、ヌタンイ(草の種)、ティング(ドリームタイムの子犬)、アンケレー(エミュー)、インテクウァ(エミューが好んで食べる草)、アニュールラ(緑豆)、カーメ(ヤムイモの種)、これが私の描くもの、すべてのもの。」

私は思う、アーティストはエミリーだけではなく、みなすべてを描こう、表現しようとするものなのだと。だから、ポロックやモダニスト達も彼らにとってのすべてを表現しようとしたのだ。

ただ、その立っている場所がエミリーの場所とは異なった場所(様々なものが変化し、呪術的な感覚が失われた場所)で表現しようとしているのであり、その場所は私達の場所でもある。また、その不可能性に対する戦いの意味は現代社会に生きる私達の意味でもあるから、モダニスト達の試みは私達にとって切実だ。だから、較べること自体無意味なことかもしれないし、そこで中身があるか、ないかという問題は本当は大切ではないのだ。それよりも、両者のめざしたものがとても近いということが重要だ。

知的障害を持つアーティスト斉藤裕一とサイ・トゥオンブリとの類似性について書いたことがあったが、ここでもやはり同じ問題に突き当たる。仮説で言ってしまえば、現代アートはすごく前衛的であったり現代的であったりするが、私にとって興味深いものは人類史の記憶の中にある記憶やイメージなどの「何か」を追い求め、表象しているものである。もしかしたら、遺伝子やDNAレベルでの、失われつつある感覚や記憶やイメージかもしれない。だから、エミリーの絵やアウトサイダーの作品を見ると感覚がザワザワしてくるのだろう。

現代のアーティストは知性や制作やトレーニングによってそういったある領域に近づいていくが知的障害や精神障害を持つアーティスト達はその領域に直接ポンと入っていってしまうのではないか、また、エミリーのよう白人社会から離れ、アボリジニの文化を奇跡的に持ち続けた場合、現代に現れた縄文人が絵を描き始めたように存在していることもある。

とはいっても具体的には同じ時代に生き、情報化社会の反映は様々なところに存在する。それはアートを見る側も同じで、アーティストが、どのような出自で、背景を持っているかということも重要だが、それらの差異性よりすべて現代アートとして存在し、見る側が鑑賞し考える事となる。そしてそれらの多様性が現代社会をかたち作り、アートの価値をつくっているのだ。だから、実のところ真にアートをつくっているのはアートを見る側だということになる。

つまり、障害をもったアーティストのアートもエミリーのアートも現代だからこそアートとして価値付けられているのだ。もし100年前にエミリーの絵のような作品が見出されたとしても、それは文化人類学の対象となり、アートとしては語られなかっただろう。同様に障害を持った人達の作品も障害の反映、狂気の反映としか価値付けられなかっただろし、アウトサイダーアートというカテゴリーも存在しなかった。私がエミリーの作品に感じた驚き、感動は現代に生きているからこそだ。また、現代だからこそモダニスト達サイ・トゥオンブリやJ・ポロックのような作品が生まれ必要とされるのだろう。

すべては現代だからなのだが、その現代とはなんなのか。そんなことは私にもまったくわからない。ただ、アートは「なんなのか」という問いそのものであるし、それらを考える結節点として存在し、その時代の人間のすべてを反映していると感じる。

私はエミリー・ウングワレーの絵画を見て初めてアボリジニという人達がどういった人達なのかわかった気がした。

「エミリー・ウングワレーの言葉は新国際美術館カタログによる。」

エミリー・ウングワレーの紹介 http://www.emily2008.jp/

画像作品は斉藤裕一の「ドラえもん」

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