アイスダンスの楽しみ 2  林みず枝

Posted on 6月 12, 2007

前回ご紹介したバーチュ&モイアの「悲しきワルツ(シベリウス)」は、10代という年齢の清々しさと、その若さにしたら驚異的な技術による奇跡的な演技だったけれど、アイスダンスは本来大人の競技だ。メダリストの平均年齢が、フィギュアスケートの中でも高い。
アイスダンスは得点を稼げるジャンプのような大技がない分、競技キャリアを重ねることで、ジャッジもチームとしての評価を少しずつ上げていく慎重なところがある。バーチュ&モイアも、別に今が旬ということでなく、これからが楽しみな若手の一組なのだ。

大人の演技といえば、3月の世界選手権ではこれ。デュブレイユ&ローゾン。
Etta Jamesの歌声に合わせて、パーティ帰り(だと思う)のカップルがまるで会話をしているかのように絡み合う、一見力の抜けたアイスショー用のようなプログラム。これが試合であることを観客に忘れさせてしまうような、洒脱な演技だ。
Marie-France Dubreuil and Patrice Lauzon
フリーダンス「At Last(Etta James)」
http://www.youtube.com/watch?v=z63AX2PAQ1w
この二人は私生活でも結婚するらしいですが、氷上でもいい感じですね。
大人の演技というと、妙にセクシーだったり、テーマが大層な感じだったりする傾向にある中、このデュブレイユ&ローゾンが銀メダリストであって、金メダルを取れなかったことは個人的に少し残念。チャンピオンは流行を作るから、その先が見たかったのです。

ちなみに今年の世界選手権のチャンピオンはこの方々。デンコワ&スタビスキー。もちろんこちらもすばらしいです。七つの大罪とか言われてもそんな大層な、なんて思っちゃうのは私の日本人としての限界です。
http://www.youtube.com/watch?v=VnswKb3z24c

ところで、世界選手権での表彰式。金メダリストを祝福に来たデュブレイユさん(女性)を、金メダルの表彰台にいたスタビスキーさんは抱き上げて、金メダルの表彰台に上げちゃいました。日本ではフジテレビもjsportsも放映しなかったので、生観戦していた人たちだけが目撃できた、ちょっとうるっとくるエピソードだったかもしれません。

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アイスダンスの楽しみ 林みず枝

Posted on 5月 25, 2007

アイスダンス。
間違いなくスポーツの1ジャンルであるのに、これほどスポーツっぽくない競技もめずらしい。
男女シングルのジャンプやスピンのように、アイスダンスにもリフトやツイズルやステップシークエンスといった必須要素がある。しかし、ダンスの場合、演技の中に技術を感じさせないほうが洗練させて見えるし、実際に上位はそんなチームばかり。
しかし、これだけフィギュアスケートブームであっても、アイスダンス好きは少数派。それは、テレビで放映されることが少ないから。日本に男女シングルのようなメダル圏内のアイスダンス選手がいればまた違ってくるのだろうけれども、それにはまだまだ時間がかかりそう。
よって、日本にアイスダンスファンが増えていくかどうかは未知数だ。
今のうちに見ておくと通っぽくていいかもしれませんよ。
どう見ていいのかわからないという人もいましょうが、ここは氷上のダンスとして、心をダンサーたちにゆだねて素直に見るのが楽しいと思う。ドラマチックだったり、おしゃれだったり、セクシーだったり。上位チームは、尊敬すべきすばらしいアーティストばかりですから。

さて、今年私がいちばん好きだったプログラムはこれ。
3月に東京で行われた世界選手権で6位に入ったTessa VIRTUE / Scott MOIR(テッサ・ヴァーチュー&スコット・モイア)。
なんだメダリストじゃないのかとあなどるなかれ。
彼らは17歳と19歳。昨シーズンには世界ジュニア選手権のチャンピオンだった。
20代後半の選手も多く、経験で得点を積み重ねていくところがあるアイスダンスの世界で、ジュニア上がりの10代の選手がいきなり翌年シニアの世界選手権で入賞するというのは、驚異的なことなのだ。
このプログラムも、試合を重ねるたびに技術を上げ、洗練されていっている。
世界選手権の現地では、この演技に観客が釘付けになり、メダル争いの一つ前のグループだというのにたいへんな拍手喝采だった。今度の世界選手権で、私がこれほど心を動かされたプログラムはなかった。

Tessa VIRTUE / Scott MOIR フリーダンス「悲しきワルツ(シベリウス)」
もともと劇音楽として作られたこの曲にはストーリーがある。
「死の床にある主人公の母親のもとに死神がやってくる。母親は夢の中で若き日の姿の少女になり、死神を初恋のボーイフレンドか若き日の夫かと思い込んでワルツを踊り、微笑みながら息絶える。」
http://www.youtube.com/watch?v=wGbj0dc87wM
いかがでしょう。情景が見えますか?

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今年3月のフィギュアスケート選手権(東京体育館)には4日間通い詰めました。一生のうちですてきな思い出を3つ上げろと言われたら、これが入っちゃいますね。今のとこ。夢のようだったなあ。

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押上の「長屋茶房 天真庵」

Posted on 5月 18, 2007

出不精なので出かけるときは30分圏内が望ましいのだが、そういう私が小一時間かけてこの押上の店には通っている。
お店の庵主である骨董好きの野村栄一さんは、もともと私のご近所さんだった。12年くらい前から、板橋駅近くの自宅の一部を使って「画廊 天真庵」をされていた。本業の会社経営がまずあり、兼業でギャラリーというところからスタートしたかと思うが、次第にこのギャラリーにいろんな人が集まるようになり、忙しくなっていったようだ。私もその集まっていた一人だ。最初に知り合ったのはインターネットの世界。インターネットというのは時々地球を1週してご近所の縁を届けてくれるものなのだ。

その野村さんが、「古い長屋を改装してカフェをやることにした」と言い、ブログで改装状況をアップしはじめた。改装やインテリアにかかわる人たちは、今までの野村さんのギャラリー生活での人脈の総決算。今日は古いミシン台を改造したテーブルができた、今日は壁の中から古いでかい金庫が出てきたけど開けられない、王貞治さんも通っていた近所の居酒屋が解体されてそこのカウンターをもらってきた、近くのきらきら橘商店街には無休でコッペパンだけを焼いている店があって50円払うとピーナッツバターかイチゴジャムを塗ってくれる。そんなことを毎日聞いていれば、これは出かけたくなりますよね。新しい店がめずらしい押上の住人たちにもたいへん期待されたようだ。

ということでニュー天真庵は、今年の3月にオープンした。
新築したほうがよほど楽に思えるような再生をした意義は大いにあって、周囲に溶け込んでいる古い外観は、とても新規開店の店とは思えない。外のプランターにまだ植物が間に合っていなかったり、中に入れば補強のためにバッテンに打ち付けた板が妙に新しかったりするところも面白い。前述の作り付けの大きな金庫には昔の帳面が入っていたらしいが、今ではコーヒー豆が入っている。
改装にかかわった何人かのアーティストは、押上が気に入って住み着いたらしいです。押上モンパルナスとなるか。

ところでお店のカウンター席というのはそれほど居心地がよくないものだが、この店は別。木曽に工房を持つ般若芳行さんが藤で編んだ、すばらしくすわり心地のいい藤椅子があるのだ。私の長居の原因のひとつはこの椅子。この店の木に関するものはほとんどがこの般若さん作。
天真庵で今度、その般若さんの個展があります。天真庵の2階はギャラリーなのだ。
5月25日(金)から31日(木)、11時―19時まで。機能的で美しいものがたくさん見られるはず。

長屋茶房 天真庵
http://www.tenshinan.jp/cafe/

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インターネットは人の縁を届けてくれるから好きです。
押上には第二東京タワーができるそうですが、いまだにそれがどこかよくわからない。できたら押上も変わるのかしら。

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主婦からみた<柳宗理> 林みず枝

Posted on 4月 8, 2007

新しいものを買うのは快感だけど、ケイタイに関しては新製品が発表されるたびに、私は少しもの悲しい気持ちになる。あ~あ、また出ちゃったのね。
あらゆるターゲットにむけて、機能も追加、デザインも変えられて発売される製品群。でもそれは、半年後には旧機種と呼ばれる古いものになり、値下げされ、やがて廃番になるのだ。テクノロジーの上にデザインをのせるということは、技術が進化していく限り、そのデザインがあっという間に消費されるということに違いない。その中にすてきなデザインもあったのにね。そういうことで経済は動いていくのだけど、ケイタイの世界は特にせわしない。デザインされる方がそれを楽しいと思っていてくれればいいけど。
今年の1月から3月頭まで行われた柳宗理のモダンデザイン展に行ったら、そうした世界とは真反対のものが並んでいた。家具にしてもキッチン用品にしても、超ロングセラーと誰にでもわかる製品の数々。美術館の展示品だからその場では手にとることはできないけど、いまだに日本のあちこちの店で買えるものばかりですから。どれを取ってもたいへん使いやすい。そして少しレトロな形。私が愛用している柳デザインのスプーンやグラスは、30年以上前のデザインらしい。でも買ったのはここ5、6年のことだ。
私は基本ケチなので、一度吟味して買ったものだったら、それが天寿を全うするまで使い続けたい。そのためには、まず使いやすくなくてはならないし、飽きのこないデザインでなければならないし、何より使う場所に置いてみてすこし個性的できれいと感じられるものがいい。オーソドックスだけでも飽きちゃいますので。
うちの中には、そんな条件を満たす柳デザインがだんだん増えてきているのです。
初めて買ったのは白磁の湯呑。たまたま行った新宿のOZONEで受け付けていた、限定復刻版。私は陶芸を始めたばかりで、陶磁器の形にものすごく興味がわいていた頃。この湯呑のラインがすごくすてきだったので、しばらくその形を目標に土をいじっていた。「手びねりで工業製品のまねをするなんてヘン」と友人に言われ、それも一理あるとも思ったけど、その後「カーサ ブルータス特別編集 柳宗理」を読んだら納得した。
「柳デザインにデザイン画の類はいっさいない。たたき台には立体模型を使うのだ。それも、手で作る。『手で使うものを、手で作らなくてどうするの?』柳宗理の理屈はシンプルである。」とある。
つまり、キッチンウェアのような道具類は実物大の模型をまず作る。作ったものを触ったり振ったり完成品と同じ使い方をする。修正して作り直してはまた使うことを繰り返して、ようやくできるのがたたき台。
これがさらにメーカーと研究所の間を何往復もして、図面起こしに入るのには、最終的に1年も2年も先とのこと。
工業製品の型起こしの一般的な手順は知らないけど、これがおそろしく手間のかかる方法であることはわかる。限りなく手作りに近い工業品なのじゃないだろうか。

ところで先日ヤカンが壊れたので、お湯が沸くのがすごく早いと評判の柳ヤカンを買えるチャンス!と喜んだら、夫が古いヤカンをあっさり直してしまった。ちょっとがっかり。いつかは買えると思うけど。

柳宗理 日本を代表するプロダクトデザイナー。父は民芸運動の柳宗悦。
1915年生。ということは今年で92歳。作られたものは、大きなものは札幌オリンピックの聖火台とか高速道路の料金所の防音壁から、小さなものは椅子とか鍋とかフライパンとかカトラリーとか。大橋歩さんの雑誌Arne1号(2002年10月)のインタビューでは、「フランスの耐熱ガラスのメーカーからポットを頼まれているけど、もう老年ですからできないかも」と答えておられます。それから2年経ちました。
なお、「Arne」も「カーサ ブルータス特別編集 柳宗理」もまだ買えるかも知れません。

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40代の主婦。去年仕事をやめて3ヶ月間家の片付けをしました。
後生大事に持っていた本を大量に捨てたあと、まったく困らないことに気がついてしまいました。
好きな言葉は「機能美」。柳宗理ファンとしては10年くらい。

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