【リ・名画 ~re-meiga~】Lot 3 フィンセント・ファン・ゴッホ作《ひまわり》 とに~

Posted on 6月 14, 2008

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今日の名画は、ゴッホの《ひまわり》。

 

誰もが一度は目にしたことがある超有名絵画。

それだけに、おそらく多くの方が、じっくりとこの絵を観たことがないのではないでしょうか。

 

もし、見る機会があっても、

「あ、ゴッホの《ひまわり》だ」

「そうだね。うん」

と、まぁ、これくらいの会話しかしないのではないかと。

 

いやいや、さすがにもう少しするかもしれませんね。

「あ、ゴッホの《ひまわり》だ」

「そう言えば、日本にある《ひまわり》は、58億円で落札されたらしいよ」

「え~、ウソ~!」

「本当」

「じゃあ、目に焼き付けておかなくちゃね」

「そうだね。うん」

この場合、ある意味で、じっくりとは観るのでしょう。

 

しかししかし。

それでは、いけません!

もっとまっさらな気持ちになって、改めて名画を観てみようではないかというのが、この企画。

さぁ、皆さん、準備は出来ましたでしょうか?

 

 

この絵を改めて観て、まず僕が気になったのは、

“ひまわり以外は、意外と雑に描かれている”点。

 

花瓶の輪郭線が、何だかひょろっこくて貧相な感じですし、

壁とテーブル(もしかしたら、床に直置き?)の境目も、まさかの青色のひょろひょろな線。

ひまわりの部分を隠して観たなら、正直、誰の絵か分からないほど。

何だか、ゴッホっぽくありません。

 

さらに花瓶に注目すれば、こんなところにゴッホのサインが。

意外な遊び心。

これまた、ゴッホっぽくありません。

 

 

さて、そろそろ肝心のひまわりの部分を観ていきましょう。

 

…と、その前に。

一つ、皆様にご質問。

 

「あなたは、“ひまわり”と聞いて、何を想像しますか?」

 

夏。夏休み。

太陽。炎天下。

ひまわり畑。一面のひまわり。

ひまわりのような女性。

ひまわり娘。劇団ひまわり

 

…と、まぁ、ざっとこんな感じなのではないでしょうか(最後の方には、微妙なものも混じりましたが)。

 

 

はい。

ではでは、これを踏まえた上で、ゴッホの《ひまわり》をもう一度観てみましょう。

 

ゴッホの《ひまわり》は、おそらく多くの方がイメージした“ひまわり”とは、異なるものなのではないでしょうか?!

 

まっさらな気持ちで観れば観るほど、

「本当にこれ“ひまわり”か?」という不安な気持ちになってきます。

ひまわりというよりは、何だかタワシのようなモノもありますし…

 

今まではこの絵に慣れすぎていて、疑問に思ったこともなかったですが、

 

“そもそも、花瓶に15本のひまわりを活けるって、どうなのよ”と。

 

さすがに花のことに疎い僕でも、花瓶にひまわりオンリーで15本も活けるという無茶はいたしません。

 

 

しかし、このひまわり(っぽい花)。

じ~っと観ていると、今にも動き出しそうな気がしませんか。

それも、“そよそよ”とか“ちらちら”とか動くのではなく、

 

「プギャァーーーー!!」とか、

「ピギシューーーー!!」とか、

奇声をあげて、その辺を飛んでいる蝿なんかを捕まえそうです。

 

ん?

そんなひまわりの1体(ちょうど真ん中にいるヤツ)が、こっちを見ていますね…。

おぉ、怖いです。

こっちを見ないでくれよ。

 

ちなみに、ひまわりの花言葉は、

「あなただけを見つめている」だそうで。

ひー、だから、こっちを見ないでくれって。

 

 

今日の教訓。

「あなたはひまわりのような女性ですね」は、褒め言葉ですが、

「あなたはゴッホの《ひまわり》のような女性ですね」は、褒め言葉にならない。

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美術館に、“笑い”を。  とに~

Posted on 5月 16, 2008

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かつて、智恵子さんが“東京には空がない”と言ったように。

かつて、幾三さんが“俺らの村には電気が無エ”と言ったように。

僕も一つだけ言いたいことがある。

 

“美術館には笑いがない”、と。

 

 

どうも、美術館に行くと、

「有難~い美術品なのだから、ちゃんと静かに、行儀よく、真面目に鑑賞しなければなりませんよ」

と、暗黙のうちに、要求されているような気がするのです。

喋るのはもちろんのこと、笑うだなんて、もっての外。

そんなことしようものなら、“廊下に立ってなさい”、と。

 

美術館に行く多くの皆さんは、何せ行儀が良いものですから、

風景画を見ても、肖像画を見ても、ウンウンと静かに唸っているわけで。

それどころか、全く意味の分からない抽象画を見ても、単なるポルノのようなヌード画を見ても、同じように、ウンウンと静かに唸っている。

「芸術は爆発だ!」という芸術家の作品を前にしても、これがどうして、やっぱり同じようにウンウンと唸っている。

芸術家がいくら爆発していても、鑑賞者は爆発しない。

…これって、ちょっと変なことではないでしょうか?

 

 

一体、いつから美術館は、こういう場所になってしまったのでしょうか。

 

思うに、昔は、鑑賞する人だって、ちゃんと爆発していたはずです。

美術館とは、もともとそういう場所だったに違いありません。

…どうして、そう言い切れるのか?

その理由は、ちょっと考えればわかります。

昔は、テレビもなければ、映画館もない、雑誌もなければ、マンガ本もない時代。

本の挿絵くらいはあったのでしょうが、美術館に行かなければ、どんなカラーの絵も見られなかった、そんな時代。

楽しい絵も、怖い絵も、笑える絵も、ちょっぴりHな絵だって、すべては美術館にしかなかったのです。

 

だから、当時の人にとって、美術館は何よりの娯楽施設だったはず。

 

 

かつて、美術館には、笑いや楽しげな話し声が満ち溢れていた―

そんなことを想像してみると、何とも楽しい気持ちになりませんか。

 

好きな画家の新作に出会えて、感動の声をあげる人。

面白い絵を見て、笑いあう家族。

ロマンティックな絵を見て、微笑みあうカップル。

 

 

 

しかし、今、そんな光景は、驚くほど、美術館では見られない…。

 

果たして、かつての“笑い”を失った美術館に、未来はあるのでしょうか。

 

 

だから、一人の美術好きとして。

そして、何よりも、一人の芸人として。

美術館を、もう一度、活気に充ち溢れさせてみたい。

 

 

さて、そんな機会を、横浜美術館に与えて頂けることとなった。

「美術展会場のど真ん中で、好きなことをしていいよ」とまで、言って頂けた。

 

 

今月の24日と25日。僕は、横浜美術館で一つの答えを出そう。

http://www.yaf.or.jp/yma/detail.php?num=0

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【リ・名画 ~re-meiga~】Lot 2 葛飾北斎作《神奈川沖波裏》  とに~

Posted on 4月 17, 2008

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僕は今でも覚えています。

“永●園のお茶漬け海苔”の袋から、この《神奈川沖浪裏》が出てきた時のことを。

 

「やった~!『波』の絵だ!!」

 

当時の僕は《神奈川沖浪裏》というタイトルは知りませんでしたが、この絵が有名な一枚であることだけは、なぜだか知っていました。

だから、僕はこのカードが出てきて、大喜びしたのです。

 

それは、プロ野球チップスを開けたら、西武のデストラーデのカードが出てきたのと同じくらいの嬉しさでした。

Jリーグチップスで言うならば、ラモス瑠衣のカードが出てきたくらいの嬉しさです。

さらに、ビックリマンチョコで言うならば、ヘッドロココのシールが…

さすがに、もういいですね。

 

まぁ、とにもかくにも、それくらい嬉しかったということです。

 

 

そんなわけで、子供の頃からの長い付き合いである《神奈川沖浪裏》。

もうすっかり見慣れてしまった感はありますが、例によって、もう一度、まっさらな気持ちでじっくりと見てみようではないですか。

 

 

さてさて、どうしたって、真っ先に目が行ってしまうのは、やはり“波”。

この迫力は、本当に尋常ではありません。

 

しかし、この波。

よくよく見ていると、波というよりは、怪物のように見えてきました。

富士山をも飲み込もうかとするほどの巨大さで。

飛沫の部分が、どうにも爪を立てた手のようで。

ゴジラやガメラの新たな敵となり得るほどの波です。

 

「いやぁ、やっぱり、自然って凄いなぁ(^^)」と、お決まりの感想を、改めて感じさせられたところで、今回はお開き…としたかったのですが、

 

「?!」

 

波ばかりに気を取られて、肝心な部分を見落としていました!

とりあえず、「いやぁ、やっぱり、自然って凄いなぁ(^^)」という前言は撤回です。

 

そんな悠長な感想を抱いている場合ではありませんでした。

 

今まさに、この怪物のような波に、舟ごと飲み込まれようとしている人々がいるではありませんか!

よく日テレでやっている『衝撃映像!○○99連発!』みたいな特番でも、ここまで悲惨な映像はお目にかかれません。

 

そんな絶体絶命の危機に彼らが見舞われているというのに。

「凄い波だ!」「あんなところに富士山♪」などと、よく言えたものです。

大反省です。

 

とにかく、彼らの無事を祈りましょう。

しかし、時は江戸時代、たまたま通りがかった大型フェリーに救助されるだなんて展開は、まず期待できません。

ヘリコプターが助けに来るということもなければ、海猿が助けに来ることもないのです。

 

そう。見てわかるように、彼らが出来ることと言えば、皆で一か所に固まって、頭を下げて重心を低くすることだけ。

 

 

…って、それ、何の意味があるのでしょう?

あんまり意味ないと思うけどなぁ。

いや、絶対ないっ!

 

 

というか、そもそも、何でまたこの人たちは、こんな軽装備で、大荒れの海に、しかも沖まで船で出る必要があったのでしょうか。

そこで、一つ気になるのが、皆がお揃いの服を着ているとこと。

 

 

はっ!

もしや、島流しにあった囚人たちなのではないでしょうか。

ということは、この船は、今で言うところの囚人護送車。

 

じゃあ、波に襲われるのは、いわば天罰のようなもの。

だからこそ、この波はこんなにも怪物のように怒っているのかもしれません。

 

う~ん。何だか心配して、損しました。

 

 

 

まぁ、何にせよ。

今後、“永●園のお茶漬け海苔”の袋から、この絵が出てきたとしても…、

素直に喜べなくなったことだけは確実です。

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【リ・名画 ~re-meiga~】Lot 1 レオナルド・ダ・ヴィンチ作《モナ・リザ》  とに~

Posted on 3月 24, 2008

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レオナルド・ダ・ヴィンチ作《モナ・リザ》。

言わずと知れた名画です。                       

おそらく《モナ・リザ》ほど、多くの人々に知られた絵画はないでしょう。美術に全く興味がないという人でさえ、《モナ・リザ》の絵は必ずどこかで目にしたことがあるはずです。

また、《モナ・リザ》ほど、デュシャンやダリ、ウォーホルなど様々な芸術家たちによって、リメイクされた絵画もありません。

  

ところがです。

《モナ・リザ》ほど、人々にちゃんと鑑賞されない絵画もありません。

たくさん見る機会があるだけに、逆に、あえてじっくり観ることがないのではないでしょうか。

  

えっ?そんなことはない?

いえいえ、それが、そんなことあるのです。

  

2005年の秋。テレビで「クイズ ミリオネア」を見ていたら、こんな問題が出題されました。

  

 名画《モナ・リザ》の背景に描かれているものは、次のどれ?

 A.舟     B.橋     C.鳥     D.滝 

  

これ、なんと1000万円の問題。 

“《モナ・リザ》なんて、何度も見たことあるわ(笑)!”とタカを括っていたのですが、改めて問われると、これが難しい。しかも、小説『ダビンチ・コード』がベストセラーになって、書店にはダビンチ関連本コーナーが必ずあった頃の話だったというのに。 

  

「うーん、舟が浮かんでいたような…」 

  

さて、皆様は正解がおわかりになりましたでしょうか? 

  

正解は、Bの橋。僕は、不正解。舟が浮かんでいたような気がしたのですが…気がしただけでした。 

  

と、まぁ、何を言いたかったのかと言いますと、人は名画と言われている絵ほど、きちんと見ないものだということ。

何となく見ただけでも、ちゃんと見た気になってしまうのですね。

そこでです。もう一度、名画を改めて、ちゃんと見てみようというのがこの企画。

まっさらな気持ちで。初対面のつもりで。ダメ出しするくらいのつもりで見てみましょう。

すると、見えてくるはずです。

名画の新たな一面が。

その生まれ変わった姿こそが、『リ・名画』なのです! 

  

 

かなり前置きが長~くなりましたが、前置きが長くなるのは初回の常。

次回からは、もっとサクサク始まりますので、ご容赦下さいませ。

さてさて、そんなことを語りながらも、僕はすでに数分にもわたって《モナ・リザ》を見つめております。 

  

長いこと、じーっと《モナ・リザ》と見つめ合っていますと、ジワジワと、彼女の姿が怖くなってきました…。

“もう、こっち見ないで!”という感じです。 

 

だって、眉毛がないんですよ。

眉なしで、人前に出られるだなんて、レディースくらいなものです。はい。

しかも、この笑い方!

“モナリザ・スマイル”と言えば、聞こえはいいですが、僕には何かを企んでいるような笑いにしか見えません。 

 

夜中に見ているので、余計に怖い。お昼に見れば良かったです。

  

それでも、勇気を振り絞って《モナ・リザ》を見つめ続けていると、ついには、僕の頭の中で勝手なイメージが再生される始末。 

  

  

ある日、街を歩いていると、背後に感じる気配。

振り向くと、電柱の陰には微笑を浮かべたモナ・リザが…。 

  

うゎ~、怖いですねぇ…。 

  

  

また、ある時には、数回にわたって無言電話が。

「いい加減にしろ!誰だ!!」と声を荒げれば、「フフフフフフ…」という低音の笑い声。

「もう止めてくれ(涙)!!」という僕の声を、受話器越しに聞いて一人微笑を浮かべるモナ・リザ。 

  

怖い!怖すぎるよ…! 

  

  

またまた、ある時には。

前日から、振り続ける雨。

ふと悪寒がして、カーテンを開け、2階の窓から階下を見下ろすと、そこには傘もささず、こちらを見つめ続けているモナ・リザが…。 

  

怖っ!モナ・リザさん、もう許して下さい!! 

  

  

もうこれ以上、絵を見続けるのは止めにします。精神的によろしくないです。 

  

今までの人がどうだったのかは知りませんが、僕の中で、今、はっきりとモナ・リザは恐怖の対象へとなりました。

その怖さは、もはや映画「リング」の貞子に匹敵するほど。

これから、どうこの絵を見てよいものやら。 

  

そうそう、かつて日本人を恐怖のどん底に陥れた貞子と言えばですよ。

今や、ネットの世界では“貞子たん”という萌えキャラになって人気が上昇中なのだとか。

初めて、“貞子たん”を見た時、人間はこうやって恐怖を克服するのだなぁと、僕は軽く感動すら覚えました。 

  

ということは、モナ・リザも同じようにキャラにしてしまえば、怖くなくなるわけで… 

  

  

あ!そこで、気がつきました。

デュシャンやダリ、ウォーホルが、《モナ・リザ》をリメイクした本当の理由って…。

もしや?まさか!いや、そんな…。 

  

  

  

そんなことを、一晩考えていたら、すっかり日が昇ってきてしまいました。

お日さまが笑ってる。

モナ・リザも笑ってる。

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[とに~の美術館に行こう 2] LOHASな美術館  とに~

Posted on 5月 30, 2007

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日本には、まだまだ知られていない美術館が多い。
そんな知る人ぞ知る美術館に赴き、オンリーワンな感動と出会って来ようと始まったこの企画。

今回ご紹介するのは、“玉堂美術館”です。

その美術館があるのは、東京23区の西の西。
青梅マラソンで有名な青梅市にあります。
地図上では、“都内”であるものの、“東京”という感じは一切ありません。それはそれは、もう自然豊かな場所です。
美術館の最寄り駅であるJR御岳駅を降りると、御岳山をはじめとする雄大な山々や、多摩川が流れる御岳渓谷といった雄大な自然が、まず目に飛び込んでくると言った具合に。
反対に、人の気配は、なかなか飛び込んで参りません。そして、コンビニにいたっては、いつまで経っても。。。

なぜ、このような場所に、美術館が??
今回は、まず、その辺りからお話しすることにいたします。

玉堂美術館の“玉堂”とは、言わずと知れた近代日本画の巨匠・川合玉堂(1873~1957)その人のこと。
川合玉堂が、昭和32年に亡くなるまでの、10余年間を過ごした場所と言うのが、この御岳でした。
玉堂が亡くなると、彼を慕っていた地元の人々や、全国にいる彼のファン、そして、玉堂に絵の手ほどきを受けていた皇后陛下様など、実に多くの人間たちから寄付金が集まり、この御岳渓谷に、玉堂の美術館を建設しようということになったのだそうです。
このように、寄付だけで、出来上がった美術館と言うのは、おそらく日本中でも、この玉堂美術館ただ一つ。世界中探したとしても、やはり、他にないのではないでしょうか。
まさに、人々のチャリティー精神で生まれた美術館。何とも心温まるお話なのでした。

と、同時に、この話から、川合玉堂が、いかに国民的な人気画家であったのかも、おわかりいただけたのではないでしょうか。

彼の絵は、どうして、そこまで人々を惹きつけたのでしょうか。

それは、玉堂が、自身が愛してやまなかったという『日本の四季が織り成す美しい自然』を描いたことにあります。
ん?そんなこと??
そういう絵を描いた画家は、それこそ、ごまんといるような気がします。
が、しかし、玉堂が活躍した当時、画題の主流はと言うと、龍や虎のような迫力ある生き物や、同じ風景画でも、中国の超自然的な風景。そんな時代に、日本の原風景という画題は、地味すぎると他の画家はあえて描かなかったのだとか。

しかし、絵の天才であり、努力家でもあった彼は、日本の自然を描き続けることで、ついには独自の境地を切り開き、日本画壇のトップにまで上りつめるのです。

玉堂の描く風景画を観ていると、その描かれた場所に何となく見覚えがあるような、軽いデジャヴュを感じることがあります。
これは、僕だけではないでしょう。
というのも、玉堂の絵は、一見、写実的に描かれた風景画のようにも見えますが、実はこの絵、彼が頭の中でイメージした風景を描いたもの。
日本人なら、きっと誰もが玉堂の絵と同じような風景を心の中に持っているのではないでしょうか。だから、玉堂の絵を観ると、妙に懐かしく、ノスタルジックな気分に浸れるのではないかと思うのです。

とここで、突然ですが、皆さんは、“ロハス(LOHAS)”という言葉をご存知でしょうか。
「Lifestyles Of Health And Sustainability」という英語の頭文字を取ったもので、その意味を簡単に説明すると、
『地球環境保護と健康な生活を最優先し、人類と地球が共栄共存できる持続可能なライフスタイル』ということ。
急に何の話をしたのかですか??
実は、この言葉が誕生するより、数十年も昔。まさにこのライフスタイルを、川合玉堂は自然豊かな御岳の地に移り住んで、実践。
さらには、絵の中に、何とこのロハスの理念を描いていたのです。
彼の絵には、自然が描かれていることは説明したとおりですが、その絵の多くに、人が描かれています。
そこに描かれる人間には、ある共通点があるのです。それは、皆、自然と共存して、働いている姿で描かれているのです。
現代社会での重要なキーワードとなっている「人類と自然の共存」。玉堂の絵は、まさに、そんな理想郷でもあるような気がします。
玉堂は絵を通して、現代に生きる僕たちに一つのメッセージを送っている。そんな気さえするのです。

それでは、今回も、この美術館に行ったら、是非観ておきたい3つのチェックポイントをお教えいたしましょう。

まず一つめは、『玉堂のポートレート』

玉堂美術館に入ると、まず目に飛び込んでくるのが、川合玉堂の姿を写した写真パネル。
まるで、玉堂自身が、僕らを出迎えてくれているかのようです。
この写真の顔に、実に何とも言えない感銘を受けました。
「人に優しく、自分に厳しい」そんな玉堂の、生き様すべてが写し出されているかのような凛とした表情。
温和そうであり、かつ芸術家としての威厳もある、その顔自体が、一つの芸術作品となっているかのようです。
言い方は、大変悪いのですが、お爺さんの顔に、ここまで“美”を感じたのは初めての経験。「若さ=美」ではないのですね。
生き方は、顔にすべて表れるのだなぁ。と、そんなことまで考えさせられてしまう一枚の写真。

二つめは、『庭園』

玉堂美術館には、玉堂の晩年の画室「随軒」が再現されています。
もちろん、この「随軒」も、なかなか見応えがあるのですが、美術館から「随軒」へと向かう、数10メートルの距離が二つ目のポイント。
ここをスーッと通ってしまっては、もったいない。
左手に目を向けていただきたい。そこには、整備の行き届いた枯山水の日本庭園があります。僕が訪れたのは4月の末でしたが、秋になると、紅葉やイチョウが色づいて、かなりの絶景になるのだそうです。
「そうだ、京都に行こう」。そう思い立ったら、まずは、御岳の玉堂美術館に行ってはいかがでしょう。たぶん、京都に行かなくとも、満足できるはずです。

そして、僕が、この美術館で一番気に入ったのは、この通路の右手側。
実は、ここにも、ガラスケースに覆われて玉堂の絵が展示されています。
自然を描いた玉堂の絵は、やはり、屋外で見るのが合っているように思います。外気を感じて、絵を鑑賞する。これは、ここならではの体験です。

そして、最後の3つめは、『季節に合わせた展示』

この美術館の最大の特徴とも言えるのが、展示品が小まめに替えられている点でしょう。
季節の自然をテーマに、多数の作品を残した玉堂。その玉堂の精神を、最大限に反映するために、季節に合わせて展示品を替えているのだそうです。
美術館の周りに春が訪れたら、春の季節を描いた絵に。初夏が訪れれば、春の絵ははずし、初夏の絵へと。美術館の中にも、きちんと季節感が取り入れられている。
ちなみに、例年より花の開花が早かった異常気象の今年、美術館に椿の絵がかけられるのも、例年より早かったのだとか。

特に展示替えの期間は設けず、その日のうちに、絵を展示換えしてしまうそうなので、季節の移り変わりによっては、今日と明日で、展示品が違うこともザラだと言う。
玉堂の作品の中には、忠臣蔵を描いた作品もあるそうで、これを展示するときは、年間でも討ち入りの日前後の数日だけ。そんなレアな作品も存在するのです。
そういう意味で、年間を通じて展示品が楽しめる美術館なのである。ただし、休館日だけは、行く前に調べておきましょう。

最後に一つお知らせがあります。
今年は、川合玉堂が亡くなってから、ちょうど50年という節目の年。
そこで、この玉堂美術館では、6/26~7/16(予定)に、玉堂の回顧展を行うそうです。この間にしか、玉堂美術館で見られない絵も多々ありますので、是非お見逃しなく。
また、その期間中、玉堂の命日である6/30に訪れると、記念品を用意してくれているそうです。この日だけ、この記事を見た方が、大勢行かれるかもしれませんね。

さぁ、そんな“LOHAS”な美術館へ行こう!

玉堂美術館

住所:東京都青梅市御岳1-75 電話:0428-78-8335

開館時間:午前10時~午後4時30分(入館は4時まで) 休館日:毎週月曜日(祝日のときは翌日)年末年始12/25~1/4

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[とに~の美術館に行こう1] DRAGONの美術館  とに~

Posted on 4月 8, 2007

龍子旧宅 龍子記念館外観 龍子記念館マップ・アクセス
さぁ、というわけでいきなり始まりました”とに~の美術館へ行こう!”。いったいどんな企画かと言えば、何ら奇をてらっていないタイトルそのまま、読んで字の如し。

毎回、『美術は、エンターテイメントだ!』というコンセプトのもと、一つの美術館をナビゲート。最終的には、皆さんに「その美術館に行ってみようかな」と思わせるところまでナビゲートしようというもの。単純明快な企画ですね。

しかし、取り上げる美術館はどこでもいいと言うわけではありません。

僕がナビをするまでもなく、国立新美術館や国立西洋美術館などの大きな美術館には、皆さんそのうち行く機会があるでしょう。そこで、あえてこの企画では、なかなか普通の人が行かないであろう、知る人ぞ知る美術館にスポットを当てていこうと思います。
意外な場所で出会える、意外な名品の数々。そのような美術館ならではの面白さ。そこには、きっとオンリーワンな感動があるはず。

さて、その記念すべき1回目にご紹介する美術館は、”大田区立 龍子記念館”。

ここは、日本画壇の巨匠・川端龍子(1885~1966)が、自分の代表作品を展示するために自ら作った日本初の個人美術館。しかも、その設計も細部にわたって、龍子自らの手で行っているのだとか。

まず、この龍子記念館に訪れた人間は、その建物の形状に、少し違和感を覚えるに違いありません。どことなくクネクネ、カクカクとしているのです。他の美術館と比べても、かなり異色な形状。

“龍子の設計ミス??”

そう思い、意を決して、その疑念を職員の方に伺ってみたところ、一枚の写真を見せていただきました。それは、この美術館上空からの航空写真。実は、この龍子記念館。上から見ると、タツノオトシゴのような形をしているのです。あ、それでカクカク、クネクネ!龍子が、自分の名にちなんで、そう設計したとのこと。設計ミスだなどとは、全くもってとんでもない。

また、龍子記念館の屋根には、龍舌蘭のモチーフが聳え立っています。そう、まさに、ここは”龍”尽くしの美術館。「”DRAGON” ART CREATOR’S REVIEW」創刊のこの一回目を飾るに、何とも相応しいではないですか!

この美術館を、自宅から一番近かったという理由だけで、選んだにしては、何たる都合のよい展開。

そして、この都合のよい展開は、まだ続きます。

それは、川端龍子の芸術家としての理念・主義が、何を隠そう”美術館へ行こう!”だったのです。

川端龍子は、日本で初めて「会場芸術」という考えを唱えた画家として知られています。「会場芸術」とは、絵は展覧会の会場で楽しまれるべきだという考え方。これは、現代の僕たちにとっては、すっかり当たり前の考え方です。が、龍子が「会場芸術」を唱え始めた昭和1ケタの時代、絵は家の床の間に飾って楽しまれるものという考え方が普通でした。そんな時代の中で、龍子は「会場芸術」という考え方を実践していったのです。

映画で例えるならば、映画館で観るための映画を目指したのです。”家の中で、ネットでダウンロードした映像やDVDで映画を楽しむのじゃなくて、映画館に行って、そこで映画を楽しむべきだ!”と、龍子は言ったのです。

映画館で映画を観ると、やはり迫力が全然違います。その最大の理由は、画面の大きさ。実は、龍子の言う「会場芸術」の作品の最大の特徴は、これと同じことが言えます。それまでの当時の日本画に比べて、1枚1枚の絵が大きいのです。どの絵も、少なくとも、畳一枚分はあるだろうかという大きさ。龍子の”家には飾らせないぞ!”という思い(嫌がらせ?)が伝わってくるかのようです。

龍子は、壮大なテーマの絵はもちろんのこと、何気ない画題(野菜、蛙、池の鯉など)の絵でも、例外なく、かなりの大きさで描かれています。これに比べたら、それまでの日本画は14インチの画面。大画面で描かれた龍子の「会場芸術」作品は、圧倒的に迫力が違います。

これだけ大きな絵ですから、残念ながら、本やネットの画像では、その良さは1割程度しか伝わりません。美術館に、実際に足を運んで、絵を楽しむべし。龍子の理想とする「会場芸術」は、まさに”美術館へ行こう!”の趣旨そのもの。

この龍子記念館には、そんな龍子の”美術館へ行こう!”という想いがたくさん詰まっています。

例えば、絵はガラスのケースで覆われていません。作品と直に対面することが出来るように、配慮されています。このことによって、龍子の「会場芸術」作品の迫力が、ダイレクトに伝わってきます。

それから、展示室に入ったら、すぐ左に注目してみてください。龍子自らが書いた順路案内の表示があります。会館当初は、自らの筆で書いた作品紹介もあったそうです。この美術館に訪れた人への、龍子の気配りが感じられます。

と、ここで、この美術館に行ったら、是非観ておきたい3つのチェックポイントをお教えいたしましょう。

まず1つめは『震災緑青小3番・震災緑青5番4号』

これだけ言われても、何のことだかわからないでしょう。美術館内には、龍子自身が使っていた岩絵の具がたくさん展示されているのですが、これはその中の2色についている名前。

この2つの岩絵の具に関しては、世界中どこを探しても、この龍子記念館でしか見ることのできない大変貴重な色なのです。この岩絵の具の名前に、何やら”震災”という物騒な名前がついていることには、皆さまもうお気づきのことでしょう。実は、この岩絵の具。あの関東大震災のときの火災によって、画材屋の倉庫の中にあった岩絵の具が、蒸され続けたために偶然出来たものなのだとか。それを気に入った龍子が、すべて買い取ったのだそうです。

その後、これと同じ色を作るために、何度か再現が試みられたそうですが、もう二度と同じ色が出来ることがなかったという幻の色。

是非、その目で見て、その微妙な風合いを堪能していただきたいものです。

2つめは『龍子公園』

龍子記念館と道路を挟んだところにある公園です。と、公園と言っても、遊具があったり、だだっ広い原っぱがあるわけではありません。

龍子の住んでいた自宅や、アトリエ、龍子が愛した自然溢れる庭園が、そのまま保存されている場所なのです。単なる自宅を見て、何が面白いのかと思われる方もいるでしょう(←実際、僕もそう思っていました…)。が、この公園自身が、龍子のどの作品にも負けるとも劣らない「会場美術」作品なのです。龍子記念館同様、自宅・アトリエ・庭園のすべてが龍子の設計によるもの。龍子の建築家としての非凡な才能が、随所に見られます。人の家を見て、こんなにも感動したのは、初めての体験でした。

何より驚くのは、一見、普通の日本風家屋に見える家の随所に、斬新なデザインが施されていること。戦後すぐに建てられたとは全く思えない、現代でも通用するセンスの建築です。リフォームをテーマにしたTV番組「劇的!ビフォーアフター」の、『アフター』として紹介されるような建築だと思っていただけるとわかりやすいような、そうでもないような…。

ちなみに、ここは、無料で公開されているのですが、どの時間も空いているわけではないので、要注意。1日に3回(11時、13時、15時)のみ、龍子記念館の職員さんに案内していただいて入ることができます。その際に、たくさんあるこの公園の見どころは、職員さんが案内してくれるハズです。なので、僕のガイドはこの辺にしておきましょう。

そして、最後の3つめは、『《爆弾散華》」

これは、今回の一番のハイライト。僕が龍子記念館で出会った名品です。僕が龍子記念館を訪れたとき、「龍子を取り巻く豊かな自然」というテーマで、作品が常設展示されていました(詳しくは以下のURLにて↓)。

http://www.ota-bunka.or.jp/4ryushi/ryu_top.html

その展示の目玉となっているのが、パンフレットにも記載されているこの《爆弾散華》 という作品。この絵も、他の龍子作品と同様、実際に見ると大きな作品。

何も先入観を持たずに見ると、ただ単に野菜が描かれているだけの絵のようにしか見えません。

が、この絵が描かれた昭和20年という年、それに加えて、題にも注目してみると、ある一つの事実が見えてきます。実は、この絵は”戦争画”なのです。

終戦の3日前、この龍子記念館の辺りで空襲がありました。龍子は、間一髪でその難を逃れ、爆弾が落ちるのを目の当たりにしたそうです。その時に脳裏に焼きついた畑の野菜が飛び散ったさまを描いた作品が、この《爆弾散華》なのだとか。そう言われて、この絵を観てみると、なんとも感慨深い。爆弾が野菜を吹き飛ばす瞬間を、スロー再生で見たような感じに見えます。

“戦争画”というと、どこか悲惨さが前面に来る作品が多くて、どうしても僕なんかは目を背けてしまいがちです。しかし、そういう”戦争画”とは違い、この《爆弾散華》には、不思議と惹きつけられてしまいました。戦争を肯定するのでも、否定するのでもなく、野菜が爆弾で飛び散ったという理不尽な事実だけが、この絵にはあります。だからこそ、かえって戦争というものについて考えさせられます。《爆弾散華》 は、そんな世界でも類を見ない独特な”戦争画”です。去年、”硫黄島からの手紙”を観た方も見逃した方も必見の一枚です。

「会場芸術」に生涯を捧げた川端龍子が、その集大成として完成させた究極の「会場芸術」作品とも言える龍子記念館。

さぁ、美術界の【DRAGON】に出会うため、美術館へ行こう!

大田区立 龍子記念館

住所:東京都大田区中央4-2-1 電話:03(3772)0680

開館時間:午前9時~午後4時30分(入館は4時まで) 休館日:毎週月曜日(祝日のときは翌日)年末年始 展示替え準備のための臨時休館

入館料:大人・・・200円/小学生、中学生・・・100円 (団体20名以上:大人160円/ 小・中学生80円) 65歳以上、6歳未満は無料

http://www.ota-bunka.or.jp/4ryushi/ryu_top.html

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