【思考する目】40「老木」 長島義明
Posted on 2月 3, 2008
今、僕は一本の木を眺めている。と云っても写真の中に写っている老木です。
それは粉雪の舞う初冬のロッキー山中で見た木で、杉か檜か僕にはわかりませんが回りに立つ樹々を圧倒するほど大きく威厳のある木でした。太い幹はよじれ、いかにも長い年月を生きて来たと思わせる老木です。
ここまで大きくなるには幾度の嵐に遭い、風雪に耐えて来た事でしょう。この場所は木が育つには決して良い環境とはいえません。山の尾根近くで風をもろに受ける所です。冷たい風雨にさらされ、強風に会い、吹雪で凍る時、この木は身を捩りながら耐えて来たのでしょう。そうでなければこうも太い幹がタオルを絞ったような姿をしている訳がありません。物言わぬ木ですが長い年輪を経たこの老木には誇りと尊厳が感じられ、堂々として媚びる事のない美しさを感じます。 「老い」はこのようにありたいものです。
現在、僕はある出来事で気が萎えていました。若い時なら平気で乗り越えたでしょう。「老いる」と云う言葉を使い、どこか、そこから逃げていたようです。この写真の老木を見たくなったのにはそんな訳があります。
老いても「老醜」だけはさらしたく無い、美しくありたい。
この老木の姿を見て、僕はそう思います。
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