ピピロッティ・リストの映像を言語化する試み 村松恒平
Posted on 1月 25, 2008
雪から雨になった木曜日、誘われて原美術館でピピロッティ・リストを見る。
しっとりと濡れた原美術館で見る現代アートは、しっとりと濡れて黄昏れていた。黄昏、というのは「誰ぞ彼」、薄暗く誰が誰だか不分明ということだが、予備知識もなく作品と出会い、ぽーっとなる。
作家が誰で、自分が誰かがどうでもいい場所で出会う。
彼女の作品は、知的な部分を経由することなく、感覚に入ってくる。
それがたいへんに居心地がいい。
その心地よさを説明するといくらでも長くなる。
彼女の出世作であるらしい映像作品を一つだけ言語化してみよう。
映像から台本に還元する実験である。
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Ever is Over All
若い女性が水色の柔らかな生地の服を着て舗道を歩いてくる
優美な微笑を浮かべ その足取りはゆったりして軽い
手には長い黄緑の棒を持っている
棒の先端にはカラフルな植物の穂のようなものがついている
歩くと棒はかすかにしなる
浮遊的で重量を感じさせない色彩と形。
しかしこれはハンマーである
背後の角から一人の警官が現れ彼女と同じ方向に歩いてくる
若い女はハンマーで美しい軌道を描き
並んで駐車してあるクルマのウィンドウを破壊する
ルーズで気怠い音楽にガラスの割れるぐわしゃあああんという音が重なる
若い女性はウィンドウを破壊すると歩き続ける
警官が近づいてくる
警官の歩調は若い女性より早いが一定している。
二人の距離が接近する
警官は胸の豊かな婦人警官である
警官は微笑する
破壊行為に敬意を表するように若い女に敬礼して歩き去る
若い女は警官の敬礼にも反応せず自らの内的感覚を楽しんでいる
楽しげにゆったりしたステップでさらに歩き続ける
次のクルマ、また次のクルマ…
ハンマーを振るう彼女のステップは大きくなり
ハンマーがウィンドウを粉々にする
5台ほどのクルマのウィンドウを割る
彼女は少しも急がない
少しも疲れたり乱れたりしない
ずっと優美で内側に喜びを保持し続けている
今までもそのように歩んできて
この後もそのように歩き続けるのだろう
右端には花などの一見関係のない映像が流れ続けるが観客に意味として直接意識されることはない
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youtubeに片鱗がある。
http://www.youtube.com/watch?v=JLstDH8r9Ro&feature=related
若い女性がすばらしい。
本人ではないようだ。
本人は別の作品にでていてシャロン・ストーンに似ている。
若い女性は俳優やモデルのようには見えない。
作家の美しい女友だちであると想像すると、より濃密な女性賛美が作品全体を包み込む。
原美術館 ピピロッティ リスト からから
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html

