『ギュウとチュウ』で豊田に行って来た 村松恒平

Posted on 12月 23, 2007

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はるばる東京から豊田市美術館まで『ギュウとチュウ 篠原有司男と榎忠展』を見に行った。
名古屋から地下鉄乗り継ぎ小一時間、そこからタクシーでワンメーター。トヨタは自家用車シティなのか、たまたまなのかタクシーの影が薄く拾うのに苦労する。

しかし、現地に降り立つと別世界。美術館の建物からして気に入ってしまった。MOMAの新館もデザインしたという谷口吉生氏の設計。今まで見た現代建築の中でいちばん好きかもしれない。

立派な建物だが、威圧感がない。むしろ、軽く明るく、中庭に建てられたミラーやカラーのボードの陰に隠れて子どもたちが笑いながら遊んでいた。
この軽さは、たぶん設計したときの絵柄にそこを訪れる人体の大きさまで含めて考えているのではなかろうか。
なにかSF的な世界の主人公になったような気がする。というより、かつての手書きのしゃれた建築パースに書き込まれた人物のような気がするのである。

そのような非日常的な身体感覚は、アートの世界に入っていくのにふさわしい。
そして、どかーん。最初の展示室にタイヤが身長よりデカい巨大オートバイと、縦9メートル横15メートルのドデカ絵画の3連作に囲まれる。ギュウさん(篠原有司男氏。にわかファンで恐縮だが展示を見てこう呼びたくなった)の激しい色と形の奔流。
でも、どこか軽みがあって圧迫感がない。
「早く、美しく、リズミカルであれ」がモットーだというのが納得。

作品展のイベントして行われたボクシング・ペインティングの様子がビデオ映像で公開されている。これは、ボクシンググローブを墨に浸して白い壁を殴りつけていくもの。途中で酸素吸入などもしながらも、横18,5メートルの壁にひたすらパンチを喰らわせていく。
「早く、美しく、リズミカルであれ」
何の衒いも淀みもない。
何か古典芸能か宗教の行を見ているような儀式性すら感じるのである。
75歳でありながら、肉体的には僕よりスタミナがあるかもしれない。芸術家の魂はギラギラと燃えている。でもどこかが枯れている。邪念のようなものが枯れているのだ。
いつまでもステージ狭しと走り回るミック・ジャガーと等質なものがあるだろう。

僕はギュウさんを40年くらい前に初めて見ているのではないかと思う。「ハプニング」ということがもて囃された時代の前後だと思う。モヒカンの青年が自らの髪の毛を絵の具に浸して刷毛にしたり、生卵かその殻にペンキを入れたものを白い床や壁にぶつけて、「絵」を描いていた。
いや、それは絵には見えなかった。

スクエアなボーイであった僕は、「こんなめちゃくちゃでいいなら誰でもできるよ」と思ったのだった。僕だけが幼くてスクエアであったのではない。時代がそうだった。それでも、テレビでそういうパフォーマンスを(当時はその周辺の事柄をハプニングと言ったりした)放映するような妙な隙間が空いていた時代だったのである。

そういう時代にあって、そのパフォーマンスは目立ちたがりの若い芸術家の姿としてかなり浮いていた。今の言葉でいうと、少し「痛い」人であった。

当時別のモヒカンのアーティストがいても不思議ではないが、たぶんあれがギュウさんだったろう。
ビデオの中でギュウさんは、「僕はイエスマンだ」と言っている。
制作やパフォーマンスを頼まれたらどんな悪条件の中でも引き受けて自分のチャンスに変えてきた、と。
テレビの要請にも過剰に応えたのかもしれない。

また「芸術は目立たないとすぐにしぼんでしまう」ということも言っている。花魁アートはニューヨークに殴り込むための手段だったろうし、オートバイの作品のシリーズもイージーライダーのヒットという時流に乗った部分があるだろう。
それが数十年という歳月を軽いフットワークで生きてきた芸術ボクサーギュウさんのファイティングポーズだと思う。しかし、イージーライダーはほぼ忘れられた古典となったが、ギュウさんのオートバイは独自の生命を持って生きている。

対するチュウさんは、この展示では「逆モヒカン」。髪の毛の中央部だけを剃る、という荒技に出ている。かつては、「半刈りでハンガリーに行く」というパフォーマンスを行っているくらいだから、荒技と言っても淡々と行っている感じがする。
半刈りというのは、頭の左右の半分を剃る、という髪型である。「半刈りでハンガリー」といってもこの洒落は日本語でしか通用しないが、実際にハンガリーに行ってそれで歩き回っている。
異様な風体なので、警戒されたのではないかと思うが、意外にハンガリー人に話しかけられたらしい。二人ともなんとも言えない愛嬌というか、親近感がある。だから、長いビデオ映像も、アートだからと畏まって見るのではなく、見ていて全然飽きないのだ。

チュウさんの作品も見飽きない。
鉄の廃材を磨き上げて作った幻想の都市。
他のどこにもない美しさ。
時間があればいつまでも見ていたい。
そして、鳥のデザインを模したというかっこいい鋼鉄の大砲。これは、実際の発射パフォーマンスも行われたのだ。
このようなヘビーな作品作り(文字通りヘビーで10トン以上の作品がある)を40年間別の仕事をしながら続けてきたという。

この二人の生き方を見て思ったことは、芸術家は職業ではなく、芸術家という生き物であるということだ。そのようにしか生きられない生き物であって、ようやく一筋の生きる道を見出すことができる。

二人の生き方は芸術というわけのわからない荒野の彼方に深く打ち込まれた太い杭のようだ。僕らはあんなに遠くまで行った人がいるとそれを見て安心することができる。

いや、安心している場合なのかどうかはよくわからない。
しかし、勇気づけられると同時に深く安堵させてくれる何かを二人が持っていることは事実なのだ。

豊田市美術館 12/24日まで!
http://www.museum.toyota.aichi.jp/japanese/index.html

篠原 有司男公式サイト
http://www.new-york-art.com/shinohara/

榎忠公式サイト
http://chuenoki.com/news.html

Filed Under 展覧会, Review

★著者: 村松 恒平
★自己紹介:村松恒平 1954年東京生まれ。【DRAGON ART CREATOR'S REVIEW】編集人。編集者、ライター、芸術家。著書に『プロ編集者による 文章上達スクール』シリーズ(メタブレーン)など。面白いプロジェクトや、お仕事募集中!
★記事データ:掲載日 2007/12/23 at 16:06:40
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