【悪魔の使いに誘われて】(その5、最終回) 長島義明

Posted on 11月 15, 2007

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暗い夜道で幾度も転けそうになりながら、やっと家にたどり着いた。
薄暗い部屋に油の灯明が黄色く輝いている。誰か灯をつけてくれたのだろう。
「お帰り」
だれも居ないはずの部屋、隅の方で少年の声がした。
驚き、隅を見ると少年が座っていた。
「君はーーー、君は無事だったのか、崖から飛び降りたのは君ではなかったのか」
少年の前に座り彼の顔をまじまじと見た。
「赤いマントを羽織り、確かに飛びましたよ」
「あれは僕の役目なのです、赤ん坊を抱いた女性が飛ぶための先導役でした」
「そうだ、赤ん坊を抱いた女性はどうした、彼女も助かっているのか」
「いいえ、あの女性は赤ん坊と崖から飛び、谷底に落ちて行きました」
「わけがわからない。いったいどうなっているんだ。それに、あの恐ろしい儀式はなんの為の儀式なんだ。参列者はどうして女性ばかりなんだ。わからないことばかりだ。教えてくれ」
「お話しましょう。その前にお腹がすいたでしょう。すこし食べませんか」
そう云えば、昼に少し食事をしてから何も食べていない。少年に云われ、急に空腹を感じた、喉も乾いている。
 少年が差し出した木の皿にはコブシほどの固まりが5個乗っていた。それに蒸したアワの入ったお椀。汁が入ったお椀。
2人でそれを食べた。黒っぽい固まりは肉を焼いたものだった。
「何の肉?」
「お供え物の肉ーーー、鳥、うさぎ、やぎ、ーーーー、」
僕はその肉を食べ、アワを食べ、汁を飲んだ。何の肉でもいい、まさか人間の肉はないだろう。汁にはジャガイモと薬草のような物が入っている。
食べながら少年は語りだした。
「今日の儀式でいけにえになったのは病にかかり助からなくなった男性です。そして、崖から飛び込んだ女性は彼の奥さんです。奥さんも病にかかっていました。白い布に包まれていたのは彼等の赤ん坊ですでに死んでいました。その赤ん坊も病にかかっていたのです。あの一家は病にかかってから村の外れの家に住む事になりました。それから、5回の満月を迎えました、シャーマンの判断で助からない事がわかりました。男性も奥さんも死がまじかだったのです。
男性はいけにえの道を選びました。村の人に自分たちの病が移らないようにする為です。この村では昔から助からない病にかかれば、時期をみて儀式を行います。死者が出た時も同じです。別のチベット族の中には鳥葬を行うところもありますが、この村では火葬をするのです。そして、崖の下の谷に葬ります。僕は彼女たちを導く為、赤いマントに火をうっし、崖から飛びましたが、落ちるのは火のついたマントだけです。崖の端に繋がれたロープに足をかけ、飛んだ後、崖の下5メートルの処にある道をつたって村に帰ってくるのです。それが僕の役目、(悪魔の使い)です。おわかりになりましたか」  少年は一気に話終えると水をゴクリと飲みほし、笑顔をつくった。
それにしても変わった風習だ。
「儀式はまだ終わりません、月が天中に上がる頃、お寺の祭壇で面白いものが見れますよ。行かれますか」
まだ、なにか行われるのか。食事も食べたので疲れもなくなっていた。
ぜひ、それを見たいと少年につげた。
「まだまだ時間があります、それまでこれを飲んでゆっくりして下さい」
少年が差し出す木の筒からお酒のような飲み物を椀に受け、ゆっくりと飲んでみた。プンと匂いのある甘い液体は醗酵していて、少しお酒のようだった。なかなかいける。ヤギのヨーグルトにアワを入れ、醗酵させた物に山に自生する青いケシの実の汁を混ぜた物だそうだ。いっぱいの椀に入れたその飲み物が無くなる頃、僕はすっかりいい気分になっていた。灯明の灯がずいぶん明るさを増し、暗いはずの部屋が輝いて見える、自分の体も軽く、浮き上がる気分だ。少年の顔が揺れてたのしい。
「さあ、行きましょう」
僕たちは暗い道をお寺に向かった。
祭壇の上で4、5人の人が跳ねている。その回りをヤギの毛皮をかぶった人達が座り、なにやら歌を歌っている。ずいぶん楽しそうだ。
飛び跳ねた人はしばらく空中に止まり両手を広げ舞、落ちて来る。
笑いながら、僕も少年もそれを観て楽しんだ。
月は天中に青く輝いている。
それから、何が起こり、いつ家に帰ったのか、まるきり記憶がない。
僕も踊りの輪の中に入り踊った様だがはっきりしない、体が中に浮いて楽しかったようである。
翌朝、お寺に行ってみたが祭壇の上には綱が張られ、その綱に赤や黄色の三角の布がぱたぱたとはためいているだけだった。
寺には子供の坊主をふくめ、参拝者がなかに入って行く。
僕はその村を去る事にした。3日ほど歩けばネパール、カトマンズにたどり着けると聞いたからだ。少年と別れ、ネパール方面に向かう3人の男と連れ立ち僕は村に別れを告げた。遥か遠く、山々の向こうにエベレストが見える、
雲は山の下からわき上がり、流れて行く。
人の死など、この自然にくらべればなんとささやかなことだろう。
「いけにえ」になった男の事も、崖から赤ん坊をだいて飛び降りた女性の事も、自分は「悪魔の使い」だと云った少年の事も、宙に浮かんで舞っていた人の事も、だんだん記憶から薄れて行く。
雪をいただく山の嶺峰をながめながら、次に行く村ではどんな出会いがあるのだろうと思いをふくらませていた。          終

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★著者: 長島義明
★自己紹介:日本及び世界の人々、風景を40年以上撮り続けるフリーの写真家。著書にアメリカで出版された「One World One People」 「One World One Child」、「阪神大震災」、がある。 写真展「平和だった頃のアフガニスタン」は日本各地で30回以上開催。アメリカ美術雑誌協会最優秀賞受賞
★記事データ:掲載日 2007/11/15 at 13:30:51
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