目利きとは何か ■「青山二郎の眼」展2  村松恒平

Posted on 8月 6, 2007

aethacathin.jpg
「青山二郎は26歳の時に、建築家で横河グループの創業者・横河民輔(よこがわたみすけ)氏の中国陶磁の膨大なコレクション図録『甌香譜』(おうこうふ)の作成を名指しで委託されました。5年の歳月をかけ完成させたこの豪華な図録により、青山二郎は古陶磁の世界で揺ぎない評価を得ました」(世田谷美術館 開催概要より)
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html

上記の仕事で、青山二郎は、数千点と言われる陶磁コレクションの中から、いちばん美しい60点を選び出して、写真を撮り図録にしました。
聞くだにたいへんな作業だと思いますが、僕は大変さを思うより、いろいろ想像すると、うらやましい気持ちが先に立ちます。青山二郎はすでに目利きであったからこそ、この仕事に指名されたのでしょうが、この作業を楽しみ、作業を通じて自分の眼に絶対の自信を持ったと思います。

作業はかなり広い倉庫のような場所で行われたようです。
選択に当たり、可能な限り多くの陶器を一望にできるように並べたのではないでしょうか。

そこから、どうするか。僕はつぶさに想像してしまいます。

全体を眺めて、一目で不要と思われるものをはじいていくでしょう。
あきらかに優れていると思うものも別の棚に移します。
そうしてよいもの、まだわからないもの、劣るものを分けて並べ替えて、また眺めるのではないでしょうか。
(僕の中の)青山二郎は、その際には史料や箱書きは一切見ません。
ただ自分の感覚だけに問いかけます。

そうして2.3日見続けると、一見優れていると感じたものが、やや色あせたり、最初ぼんやりとしか見えなかったもののよさが輝きだしたりします。そして、また並べ変えます。
並べ替えるとまたいろいろな発見があります。
陶器とのつきあいは、人づきあいと同じで、一目で好きになって仲良くなることもあれば、目立たない人の魅力や長所が時間をかけて見えてくることもあります。ときには、一目ぼれした相手に幻滅することもあるでしょう。
そういうものが見えてくるまで、ときどき並べ替えたりしながらぼやっと眺めている。そういう時間を青山二郎はゆっくり過ごしたはずです。

鑑賞はじつは能動的な行為ではありません。
美術品自体が語り出してくるのを待つ行為です。
つまり、語る言葉を聞く耳を持つということです。

聞く行為に比べると、見る、という行為には、能動性があります。眼はつぶることも、視線をそらすこともできます。「視線」を図示すると、眼から対象物に至る矢印に描かれます。見るということは、光や印象が眼に入ってくることなのですが、眼はあきらかに何かエネルギーと方向性を放っているのです。
しかし、聞く行為は、拒否しようと思っても否応なく耳に入ってくる音があるし、視線ほど意志や方向性が明確ではありません。
そのように受動的にならないと、陶器は自分を語り始めません。

ここまで考えて僕は悟りました。
目利きとは、眼で「聞く」人のことです。
視線を黙らせ
欲望を黙らせ
知識を黙らせると
美の声が聞こえます。
美は小声で語りますが、耳を澄ますことができれば、その語るところは明瞭です。

眼で聞き
耳で見よ。

美の声が聞こえないのは、たいてい見ている人自身が心理的雑音に満ちているからです。
このような雑音を消してモノを見るには、時間を置いて定点観測することです。
美の声は変わりませんが、雑音は変化していきます。
したがって、一定のデータが揃えば、何が雑音であるかを解析し、消去できます。
美を一目で見抜く眼は、最小限の時間経過のデータでこの解析を行う能力であると僕は考えています。

そういう能力を青山二郎は、この作業を通じて磨き抜いて完成させたように思います。

このように時間を超越した眼は、美に対して正確で、人間的事情に対しては、ときに残酷です。(僕が青山二郎展の陶器を見たときは、同美術館2階では、近、現代の展示をやっていましたが、そのときの作品は時の流れを越えた陶磁器と比べれば、本当に「あやふやなもの」に見えました。それは不思議な体験でした)。

5年かかったこの作業の報酬は、当時のお金で千円。いまでいうとどれくらいでしょうか。数百万から一千万くらいでしょうか。
時期は少しずれるのかもしれませんが、小林秀雄が酒をたかりに来て、一回飲みに行って、バーだ、待合いだと、大騒ぎをするとすぐに五十円くらいだったことを青山は書いています。

小林秀雄は、酒をたかるし、金は借ります。白洲正子なども相当奢っているはずですが、少しも卑屈になるところがありません。小林が河上徹太郎に借金を申し込んだときの話を青山は書いています。
「……何に要るんだいと河上が聞くと、この時も長小鉢の向こうからいきなり、河上の横ッ面をピシャリと張った。河上の眼からホロホロと一筋涙が流れた」(鎌倉文士骨董奇譚)

叩かれるのはイヤですが、こういう人間関係が成立していた時期は楽しそうで、うらやましいです。

(冒頭の写真はイメージ。本文と関係ありません)

『甌香譜』所載の作品も展示されています。8月19日まで。
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/exhibition.html

Filed Under 展覧会, Review

★著者: 村松 恒平
★自己紹介:村松恒平 1954年東京生まれ。【DRAGON ART CREATOR'S REVIEW】編集人。編集者、ライター、芸術家。著書に『プロ編集者による 文章上達スクール』シリーズ(メタブレーン)など。面白いプロジェクトや、お仕事募集中!
★記事データ:掲載日 2007/8/6 at 17:59:28
(カテゴリ: 展覧会, Review トラックバック アクセス総数 1020 件(本日の訪問), 1 人)

DRAGON ART CREATOR’S REVIEW • Powered by Wordpress • Management by Kouhei Muramatsu • Logo&Icon Kintaro Takahashi