【思考する目】24「革命家、F、カストロ」 長島義明

Posted on 6月 14, 2007

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  カストロに会ったのは1993年7月だつた。当時、アメリカのビデオジャーナリストが単独インタビューをしたことがニュースになったほど、カストロは表に出なかった時代である。常に暗殺者に狙われていて、キューバ政府は警戒していた。バハマの革命広場の近くにある政府のビル、その地下にカストロの執務室がある、その脇の応接室に案内され、そこで撮影したのが上の写真である。
応接室はまつたく質素な作りで、観用植物の鉢がひとつと、背の低い木のテーブルと肘掛けのある椅子が4つ。キューバ人画家の絵が一枚壁にかけられている、天井も高くはない、照明も普通で何の飾りもなかった。そこに入る前、別の部屋で,カメラ、レンズ,バッグは念入りに調べられたのは当然である。僕はホテルを出るとき、急がされたので、Tシャツにゴムのビーチサンダルのままだった。
今、思うと、よく断られなかったものだ。写真を撮ったのは夜の9時頃である。カストロに会った記念にツーショットを撮ってもらおうと、僕のカメラを側に居たキューバ人に渡し、僕がカストロの腰に手をまわした途端、後ろにいた女性がすぅーと近ずいてきて,僕の親指をねじ曲げた。あまりの痛さに身動きもできない、カストロの腰に手をまわすなんてタブーだつたのだ。だが、それで知る事が出来た、軍服の下には何時も防弾チョッキを身につけている、と云う事が。カストロとあつて一週間後、文化情報局から連絡があり、僕のために運転手付きの車と通訳をつけるので、キューバ各地を撮影したらと、撮りたいものがあれば、出来る限り協力する、もちろんホテル代もキューバ政府が出す。と云う。喜んでその好意を受け入れたのは云うまでもない。それから、20日間美人の通訳とキューバ各地を旅をし、撮影した。毎夜ホテルのバーで楽団の演奏と歌を聴き、時には踊り、極上の葉巻とラム酒を飲んだ。
アメリカの経済封鎖をうけ、当時のキューバは貧しかったが、どこへ行っても歌と踊りがあり、人々は親切で陽気だった。アメリカの経済搾取と差別をうけるラテンアメリカ諸国の国々にはまだまだ、人気のあるF,カストロ。彼こそ、最後の革命家ではないだろうか。

yyyeyi.jpg軍服姿のカストロ最後の肖像写真。        

Filed Under 【思考する目】

★著者: 長島義明
★自己紹介:日本及び世界の人々、風景を40年以上撮り続けるフリーの写真家。著書にアメリカで出版された「One World One People」 「One World One Child」、「阪神大震災」、がある。 写真展「平和だった頃のアフガニスタン」は日本各地で30回以上開催。アメリカ美術雑誌協会最優秀賞受賞
★記事データ:掲載日 2007/6/14 at 10:21:16
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