【思考する目】22「闘牛士」 長島義明

Posted on 6月 7, 2007

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闘牛士はマントを操り、寸分の差で突進してくる牛の角を避け、優雅に舞う。背に4本の手槍を打ち込まれた牛は怒り狂い、興奮し、鮮血を流しながら、闘牛士を角で突き刺す瞬間をさぐっている。闘牛場の満員の観客はこぞって、声援を送る 「オーレ、オーレ」。  その直後だった。 闘牛士はそれまでの動きを完全に放棄し、怒り狂う牛に背を向け、膝を折ってしまつた。
闘牛場のざわめきは静まり、沈黙が広がる。観客の誰ひとりとして声を発する者はいない。黒い体にどくどくと鮮血を流す、怒れる牛は闘牛士の後ろ、わずか4m。時間は停止して、照りつける太陽の熱が体を焦がす。何分ほどたっただろうか、剣を包んだマントを横にして闘牛士は叫んだ。低く腹に響く声は死をかけた男の叫び。闘牛は遊びではない、サーカスでもない。体をかけた男の戦いである。たとえ牛と云えど、闘牛用に育てられた牛は乳を絞る牛や荷物を運ぶ牛ではない。戦うために育てた牛である。角も鋭利な刃物のように尖っている。数年前、この闘牛士と同じポーズをとり、背後から突進してきた牛の角に刺され、空中高く投げられ、落ちるところを再び角で刺されて死亡した闘牛士を知っている。闘牛士の誰もが出来るポーズではないのだ。どうして、このような危険なポーズをするのか。一言でいえば、情熱と誇りである。
やがて闘牛士は静にたちあがり、真っ赤なマントから剣をだす。その切っ先は牛の首筋に向けられ、闘牛士と牛の視線はひとつの見えない糸で結ばれる。牛は後ろ足で土をかき、闘牛士向かって突進する。その動きに会わせ、闘牛士も前に向かう。剣先は牛の首筋から心臓に深々と入り、剣は鍔のところで牛の首に停止する。一瞬、何が起きたのか、剣を刺された牛は分らず、その場に立ち止まる。ゆっくりした足取りで闘牛士は牛に近ずき、きらびやかな衣装のポケットから真っ白いハンカチを取り出し、牛の鼻先をはく。巨大な黒い牛はド、ドッと音をたて横に倒れる。
すり鉢状になった闘牛場の観客の人々は全て立ち上がり、声をあげ、闘牛士を褒めたたえる。
「オーレ、オーレ、オーレーーーーーーー。オーレ、オーレ、オーレ。」
この瞬間に彼はスペインの英雄になった。スペインでは大統領より偉大な闘牛士が尊敬されるのである。
多くの日本人は闘牛を野蛮な見せ物と云う。しかし、僕はそうは思わない。きらびやかで、もっとも原始的で美しい人間の本能、「見栄を切る」と云う言葉が歌舞伎にあるが、闘牛士は命をかけて男の「見栄を切った」のだ。

Filed Under 【思考する目】

★著者: 長島義明
★自己紹介:日本及び世界の人々、風景を40年以上撮り続けるフリーの写真家。著書にアメリカで出版された「One World One People」 「One World One Child」、「阪神大震災」、がある。 写真展「平和だった頃のアフガニスタン」は日本各地で30回以上開催。アメリカ美術雑誌協会最優秀賞受賞
★記事データ:掲載日 2007/6/7 at 13:11:49
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