〜僕が少し縮んだ日〜 [吉良留美個展『蟻(ANTS)』] 生島 国宜
Posted on 4月 15, 2007
僕は身長が178cmある。体重は58kgである。体重はどうでもいいのだけれど、とにかく世間では割と背は高いほうだ。中学2年の頃から体型は変わらない。
僕は日本を出たことがないので、巷での、たとえば建物の大きさだとか椅子の大きさだとか、いわゆる日本人平均に合わせたであろうモノのサイズに狭苦しさを感じることが多い。飛行機だとか電車だとかの座席はいつも窮屈だ。
僕より身長の大きな人というのはいるのだけれど、そういう人を見ても「でかいなぁ」と思うだけである。だだっ広い場所に出ても「広いなぁ」と思うだけである。
何が言いたいかと言うと、広いものや大きいものを見ても自分の178cmの大きさというのは変わらないわけだ。つまりどんな環境であれ、中2以来、僕は日常生活の中で自分のことを「小さい」と思うことなんて、皆無だったということである。
福岡の現代美術シーンを語る上で、絶対に無視できないギャラリーと聞いていて、ようやく訪れることが出来た福岡市博多区千代。
「モダンアートバンク ヴァルト」がそこ。そのギャラリーで2007年4月4日〜21日の期間で行われているのが吉良留美個展『蟻(ANTS)』。そのものずばり、小さな蟻の立体作品が並ぶ個展である。その立体作品が1匹、2匹貼り付けられた小作品も販売されていたが、何より圧巻なのはヴァルトのほとんどの床面を覆った蟻の大群である。蟻はフロアの真ん中を山型にすっぽり空けて群れている。そのすっぽり空いた空間はさながらモーセが海を割るかのごとく、来た人に対し左右に避けて行く蟻の群れのようでもある。また、見ようによっては獲物である人間を狙って襲いかからんとする、獰猛な軍隊蟻の群れのようにも見える。蟻たちの色は一様に緑青色で、これを美しいと思うか気持ち悪いと思うかは、大きく人の判断が分かれるだろう。僕は、小学生の時に図工の時間で使った油粘土を思い出した。
吉良留美はこのインスタレーションに対して、紙一枚のちょっとした文章を付けていた。キャプションというでもない、解説でもない、彼女が作品に合わせて書いた文章だ。彼女の立ち位置と、作品の立ち位置がほんの少しだけ分かる、ヒントが書かれている。この文章を読む限り、彼女は鑑賞者に対して「おぞましいもの」や「気持ちの悪いもの」を感じて欲しいと思っているようだった。そして、この作品の鑑賞方法として正当なのは、その大群の中に入って床に寝そべって見ることだと書いてあった。もちろん僕はそんなことはしない。なぜなら、人が土足で歩きまわる床なんかに寝そべったら服が汚れるからだ。
さて、床に寝そべることをしなかった僕は蟻の大群に囲まれて棒立ちのまま、とても不思議な感覚を得た。吉良の蟻は蟻というにはだいぶ大きい。正確に測ったわけでないが、5cmくらいはあるだろうか。当然そんな巨大蟻など見たことない。インスタレーションを行っている空間にはその蟻たちだけが群れていて、他には何も無い。
僕はここで目の前の風景に対して、自分の記憶の中の蟻の大きさを持ち出す。頭の中の蟻の大きさと現実の蟻の大きさ。どうしても合致しない。蟻は小さい虫であるはずなのに、ここに見える蟻は記憶より大きい。それでなんとか辻褄を合わせようと、じっと見ていると、あるタイミングでこの蟻たちが、僕の記憶上の蟻の大きさと合致した。真に目の前の人工蟻を、生き物である蟻だと認識できたわけだ。
その瞬間に、僕は蟻が巨大になった世界に迷い込んだ気がした。いや、もしかすると蟻が大きくなったのではないかもしれないぞ。感覚がそう僕に言う。僕は蟻が目測5cmに見える程度、世界の中で小さくなったのだ。不思議だ。かつて虫の巨大オブジェなど何度も見たけれど、そのモノを見て自分の身体にはね返ってくるような感覚は初めてだ。「僕ちっちゃくなってる。」という感覚は本当に新鮮だった。
というレビューを書いたものの、きっとこの作品に対する吉良留美の意図はもっと別のところにあるのだろう。けれど、僕にとってはこちらの身体感覚を揺さぶる体験のほうが、よっぽど衝撃的で重要だった。さらに言えば、彼女の作品は鑑賞者にただ「気持ち悪い」だけを強いるという、コンセプトを押し売る形の、一方的で幅の狭い脅威的作品ではないのだ。
作家の意図とは全く違うところに作品の真髄を感じてしまう鑑賞者。こういう現象は僕も展示をする側として、よく目の当たりにすることであり、それはネガティブにもポジティブにも取れるのだ。やはり作家と作品と鑑賞者の関係というのは、文字通りに一直線でつながる様な一筋縄というものではいかない。
MODERN ART BANK WALD(モダンアートバンク ヴァルト)
福岡市博多区千代4-12-2
092-633-3989
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